満寵が迷子になる話


「失礼、満寵殿はいるだろうか?」
「徐晃殿。満寵殿は今席を外しています」
「そうでござったか…」
「何か急ぎの用事ですか?」
「急ぎという程のものではないが、相談したい事がごさったのだ」
「わかりました。戻ってきたら伝えます」
「ななし殿、よろしく頼み申す」

 徐晃殿の背中の徐という字を見送り、見えなくなった所で大きなため息をついた。今日だけで満寵殿を訪ねてきた将は一体何人目だろうか。用件は様々で、伝言を頼まれることもあれば、徐晃殿のように直接話がしたいと言って来た人もいた。肝心の満寵殿はここの所徹夜で部屋にこもっていて、何かをずっと考えている様子だった。今朝訪れると、外に行ってくると言って部屋を出ていった。考えが詰まった時に気分転換がてら散歩に行くことはよくあったから特に気にとめていなかったけど、こうも訪問者が多いと呼び戻さなくちゃいけないと思い、満寵殿を探しに街へ向かった。

 満寵殿は街中にいても色んなところにいる。料理屋にいる時もあれば、交易所で珍しいものを見ていたり、周りが見えてないのか変な小道に入って突っ立っている時もある。完全に勘で探すしかない。李典殿でも連れてくればよかったな。雲行きが怪しくなってきたから、早めに見つけないと。走り回っていると、満寵殿の好きそうな変な小道を見つけた。過去、まだここにいたことはないからちょっと怪しい。奥へ進むと、壁に寄りかかっている満寵殿を見つけた。

「満寵殿!やっと見つけました…」
「ん?ああ、ななし殿か」
「ななし殿か。じゃないですよ。いつからここにいるんですか」
「いつだろう…?気付いたらずっとここで考え事をしていたよ」
「満寵殿を訪ねてきた方がたくさんいらっしゃるんです。戻ってきて下さい」
「それはすまなかったね。すぐに戻ろう」

 満寵殿の後ろについて小道を抜けた時、運悪く雨が降ってきてしまった。しかも小雨ではなくて、結構激しく降っている。今この状態で外を歩くと全身ずぶ濡れになる上に足元も泥まみれになってしまうだろう。満寵殿は少し立ち止まると、くるりと振り返って元の小道へと戻っていった。

「どこに行くんですか?」
「雨宿りだよ。何軒か先に使われてなさそうな家があったから、少しの間借りよう」
「本当に大丈夫ですか…?」
「この雨の中濡れて帰って風邪でも引いたりしたら大変だろう。もし家主がいたら雨宿りさせてくれと頼めばいい。おそらく通り雨だから、止むまでの少しの間だけね」

 万が一家主がいて戻ってきたとして、軍師殿が家で寛いでいたら驚くなんてもんじゃないと思うんだけど。そんな行き当たりばったりでいいのかと思いつつ、この雨ではどうしようもできないから諦めて満寵殿に付いていくことにした。

「ああ、これは本当に誰もいなそうですね」
「だろう?賊の溜まり場になるかもしれないからこういう所はちゃんと整備した方がいいね」

 いつから使われていないのだろうか。荒らされて埃まみれの家には人のいる気配どころか動物の気配すら感じなかった。蜘蛛の巣もたくさん張られていて、歩く度に砂ぼこりが舞うこの家にはあまり長居したくない。

「そういえばさっき交易所で珍しいものを見つけたんだ」
「また無駄な買い物をしたんですか」
「無駄じゃないさ!珍しいものは新しい罠への発想に繋がるからね!」
「執務室がそういう使い道のわからないもので溢れて大変なことになってるじゃないですか。せめて片付けくらいちゃんとして下さい」
「私としてはまとめて置いてるから片付けたも同然なんだけどな…」
「汚いです」
「そんなに汚いか…」
「今日訪問者の用事が済んだら片付けて下さいね」

 多分片付かないと思うけど、言うだけ言わないと女官も私も迷惑していることに気付かないと思うから。私はまだ話を聞いている分片付けやすいけど、掃除に入った女官はいつも使い道のわからないものをどう片付ければいいかわからずに困惑している姿をよく見る。

 雨足は弱まらずずっと降り続けている。地面には大きな水溜まりがたくさんできていた。だけど満寵殿が昨日から徹夜で考えていたことを話してくれたから待っている時間は苦じゃなかった。一体いつになったら止むのかと入り口から少し顔を出して西の空を見てみたら、こちら側の空よりも少し明るかった。ああ、ようやく止んでくれるかもしれない。

「満寵殿、あとちょっとで上がると思います」
「本当かい?ああ、でも地面はぐちゃぐちゃだね」

 満寵殿も同じように入り口から顔を覗かせて空を見上げた。その時、運が悪かったのか上にかかっている布に溜まっていた雨水が流れてきて満寵殿の頭にぼとぼとと落ちてきた。

「うわっ、冷たい」
「満寵殿、大丈夫ですか?」
「参ったな…。せっかく雨宿りしていたのに、結局濡れてしまったよ」

 袖口から布を取り出して、満寵殿に差し出した。小さな布だけど、ないよりはいいだろう。顔と髪、最後に上半身の濡れた所を拭いている様子を見ていたら失礼だと思いつつも何だかおかしくなってきて笑ってしまった。

「ふふ…、すみません、本当に運が悪かったですね」
「あんな所に水が溜まっているとは思わなかったな」
「あ、髪まだ汚れてます」
「どこだい?」
「貸して下さい。…あとちょっと屈んで下さい」

 髪の結び目の所に泥がついていたけど、さすがにそこまで手が届かなかった。中腰になった満寵殿の頭に手を置いて、細かい砂は指で払い、泥の部分は布で拭き取った。

「ありがとう。助かったよ」
「いえ」
「それにしてもななし殿が声をあげて笑ったの、久しぶりに見たな」
「え、そうですか?」
「笑顔でいる時はあるけど、さっきみたいに笑った姿は滅多に見たことがないよ」
「仕事中は笑うこともないですからね」
「濡れてしまったけど貴重なななし殿の笑顔を見れてよかったかな」
「そうですか」

 何となく恥ずかしくなったのと、どう返せばいいかわからず、そっぽを向いてしまった。外を見ると、もう雨は止んでいて、日が射している。

「いつの間にか晴れているね」
「帰りましょうか。これから忙しいですよ」
「部屋の片付けれまでたどり着かないだろうな」
「部屋の片付け込みの忙しさです」
「見逃してくれないんだ…」

 足取りの重い満寵殿の背中を押して家を出た。振り返ろうとする満寵殿に早く歩いて下さいと言って背中を押す腕に更に力を込めた。


20190616

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