幼馴染の女官と満寵の話をする


「ななし様、お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。入って」

 扉を開けると、女官が料理を持って立っていた。料理は出来立てのようで、湯気と共にいい匂いが部屋に入ってきた。女官は料理を机に置いた後、大袈裟に頭を下げた。

「ねえ、もう仕事は終わり。笑っちゃうから私にかしこまるのやめて」
「申し訳ございません」
「敬語もなし。顔が笑ってるから敬う気持ちが伝わってこないよ」

 幼馴染は笑うと、椅子に腰を下ろした。杯を差し出し、酒を飲むか聞いてみたら、一杯だけちょうだいと言われた。

「ほんとにその性格で下戸って信じられないんだけど」
「仕方ないでしょ。飲めないものは飲めないの」

 杯に軽く一杯注いで、別の杯に入れた水を渡した。受け取ったのを確認して、乾杯する。私は一気に飲み干したから、幼馴染がさっと注いでくれた。さすが女官をやっているだけあってとても気が回る。
この子は出身が一緒で、幼馴染だ。小さい頃に賊に拐われそうになっていた所を助けたことがある。当時の私はまだまだ弱かったから棒を振り回して追い払うことしかできなかった。体が震えていたから怖かっただろうなと思って顔を覗き込んだら笑っていたのだ。理由を聞いたらこういう時はかっこいい御仁が守ってくれる運命の出会いがあるはずなのに、まさか年の近い女の子に助けられるとは思っていなかったと言っていた。最初は何だこの子はと思ったけど、実際は怖かったらしく、助けたことにはすごく感謝されたし、家に送り届けている間にした会話がなかなか面白かったのを覚えている。送り届けた時、地元で一番の名家に辿り着いたときはさすがに驚いたけど。家の人達にも感謝され、さらに話を聞いていたら本当に年も近くて数個しか違わないことがわかった。幼馴染の方が身分が高かったけど、助けたことと幼馴染や家族の意向で仲良くしてほしいと言われたこともあって、よく家に呼ばれるようになった。幼馴染は末娘で大切に育てられてるのはよくわかったし、私も武芸に芸事と稽古を詰めていたからなかなか会えなかったけど、時間が合えば会いに行って遊んでいた。

「最近はどうなの?また縁談断ったって親御さんから文を頂いたんだけど」
「父上はななしに文を送っているの?暇人ね」
「年頃の娘が心配なんだよ」
「私の旦那さんは私が決めるわ」
「条件は良かったみたいだけど」
「好みの顔じゃなかったの」
「…え、それだけ?」
「顔は大事よ。一生見る顔ですもの」
「いや、顔が大事なのもわかるけどさ…」

 幼馴染は女の私から見てもとても可愛い。にこりと微笑んでいるだけでそこら辺の兵を数人落とせるくらいの器量を持っている。私もあまり背が高い方ではないけど、彼女はそれよりも小さくて、守ってあげたくなると酔った李典殿が言っていた気がする。だけど性格に少々難があって、結構頑固なことと、はっきりと物事を言う…悪く言うと毒を吐くのだ。だけどその顔を見せるのは心を許した人だけ。ここだと私だけかもしれない。にこにこと仕事をこなす顔と裏の顔、二面性が凄い。この性格は小さい頃からで、私はその時に腹黒いという言葉を覚えた。あと男の好みが激しい。今回の縁談だって、一般的には顔が良い方に入ると思って条件がいいと言ったけど、幼馴染の好みではなかったようだ。

「どういう人がいいんだったっけ」
「今だと曹休様ね。真っ直ぐで誠実な所がいいわ。あとお顔も最高」
「ああ、なるほど。…ちょっと素直すぎるし女に夢を見てそうだけど」
「自分好みに仕立て上げられるじゃない」
「その発想はなかった」
「なら覚えておくといいわ」
「ちなみに李典殿とかどう?」
「李典様ね…。良い方だけど、面白さの方が勝ってそういう目で見られないわね」
「あー、なるほどね」

 李典殿、気をしっかり。面白い以上にはなれないみたいだよ。心の中で合掌した。
 それにしてもやっぱり幼馴染は強い。良い身分でありながら女官という女の世界を生き残っていけるのもこの心の強さあってこそだろう。彼女の尻に敷かれている曹休殿を想像して意識が遠退きそうになったけど、ふと別の人が思い浮かんだ。

「顔で言うならあなたの仕えてる郭嘉殿も女という女に人気なお顔だけど、あの人は駄目なの?」
「郭嘉様ね…。あのお方とは幸せになれなそうな気がするから気が乗らないのよね…」
「女好きだからね」
「それだけじゃないんだけど、うーん…上手く言えないけど、女の感?」
「私、もしあなたが郭嘉殿と良い仲になりそうになっても素直に応援できないや」
「ななしは本当に郭嘉様に厳しいわね」
「女に軽い人が苦手なの」
「その点、満寵様はどうなの?」
「満寵殿は策と罠と城の事しか考えてないよ」
「浮気の心配はいらないわね」
「いや、前も言ったけど本当に満寵殿とは何もないからね。くっついてる前提で話すの止めてもらえないかな」
「あら、女官の間ではもっぱらの噂よ。それを聞き付けた将の方々にも広まってると思うわ」

 いつだったか満寵殿は噂なんか適当に流しておけば消えるみたいなことを言っていたけど、全く逆の状態になっているではないか。女官仲間から色んな情報を仕入れてくる幼馴染がこう言うんだから、相当広まっているに違いない。箸を起き、ため息をついて机に伏せた。

「周りに勘違いされたくなかったら、服を直してあげるのを止めたらどう?あれが夫婦のように見えるって盛り上がってるのは知ってる?」
「知らない…。いやだって紐掛け違えてたら嫌でも目に付くし目上の方々に会うのに失礼でしょ…」
「あれが満寵様の普通の状態と思えばいいんじゃないの?今まであの格好で何度も曹操様にお会いしているでしょう」
「確かに身だしなみについて口を出すのは荀ケ殿と荀攸殿くらいだけどさ…」
「何がそんなに気になるの?」
「……私の目線からだと、掛け違えた隙間から…ちょうど見えるの…」
「何が?」
「胸の……いや、私の口からは言えない!」
「理解したけど、そんな恥ずかしがる年でもないでしょう」
「それは言わないで…!」

 年齢の事を言われるのは辛いけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。確かに私は結婚する年齢をとうに過ぎているから年増と言われても仕方がないけれど、数個下の幼馴染だっていい年だと言われても仕方がないくらいの年齢ではある。本人は気にしてないみたいで、あえて言うことでもないから深くは突っ込まなかった。

「だって結婚したら毎日見るのよ」
「そういう問題じゃないし、結婚しません!」
「今はこうして全力で否定してるけど、今だけだと思うわ」
「上官である満寵殿に、副官として付いていくまでだから!」
「…ねえ、そろそろ私には正直に話してくれてもいいんじゃないの?本当は満寵様のこと、どう思っているのか」

 急に真顔で言われて、何も言い返せなくなった。昔からそうだ。こう言われると、答えなきゃいけない気がして結局彼女には隠し事ができないでいる。

「だらしなくてずぼらだけど、仕事の面では尊敬しているよ。教え方も上手だから、学んでいて楽しいし」
「うん、仕事以外の面は?」
「……嫌いじゃ、ない」
「そんなもの見てればわかるわよ」
「だけど、副官になる前からの関係性を考えると、恋仲とか今更すぎて考えられないというか…きっと満寵殿は私の事をそういう風には見てないし」
「満寵様にそう言われたの?」
「ううん」
「じゃあ勝手に決めつけないの」
「でも、もし満寵殿にそういう気があったら、今まで何度もあった機会に何か事を起こすと思うんだけど」
「一緒に寝てた時とか、酔い潰れて満寵様の屋敷に泊まった時とか?」
「うん。無防備な姿でいるのに、何もなかったってことは女として意識していない証拠だと思う」
「だから勝手に決めつけない!」
「いたっ」

 ぺしっと頭を叩かれた。実際は痛くないのに、幼馴染に叩かれるとなぜか重い一撃を食らったような衝撃を受ける。

「満寵様もななしと同じ気持ちでいたら、手出せないでしょう?ななしだって手を出してないんだから」
「そんなもの?」
「それに話を聞いてて思ったけど、お互い仕事をこなすにも相性が良くて結婚しなくてもこの人の側で仕事ができればいいやって思ってるでしょ」
「…」
「そうじゃなかったら満寵様もななしも縁談を片っ端から断っていかないわよ」
「え…?満寵殿も…?」
「満寵様への縁談話は凄いわよ。それでも今までに何度か縁談の前に会ったことはあるらしいけど、最近は会う前から断っているみたいね」
「いつも思うけど、すごい情報持ってるよね…」
「女官の情報網なめないでちょうだい」

 得意気な顔で胸を張っている。女官辞めて諜報活動とかした方が本領発揮できるんじゃないのこの子と思いながら差し出された酒器を受けたら、最後の一杯だった。明日も仕事だしこの一杯を大事に飲もうとちびちび飲みながら満寵殿のことを考える。

「もし万が一満寵殿とそういう関係になったとしても、私が素直に家に入れるか不安なんだよね。将として戦いたい気持ちもあるから。子供ができた時のことを考えると…」
「確かに私もななしがずっと頑張ってここまできたのを見てるから活躍してほしい気持ちもあるけど、幸せになってほしいのよ」
「…もうちょっとゆっくり考えてみる」

 私の幸せを願ってくれるのは嬉しいけど、今の私の幸せって一体何なのだろう。満寵殿の下で殿のために働いている今、じゅうぶんに幸せを感じている。満寵殿もそう思っていると信じたい。だけどずっと内に秘めていた気持ちを話したら、少しだけ揺らいできた。


20190719

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