満寵の看病をする話


 遠方の視察を終えて数週間ぶりに城に戻ってきた。夜になっていたから満寵殿はもう執務室にはいないかもしれないと思いながらも部屋を覗いたら灯りが見え、蝋燭の揺らめきに合わせて揺れる影が一つあった。またこのまま徹夜するのだろうか。失礼しますと言って執務室に入っていった。

「満寵殿、只今戻りました」
「ああ、ななし殿。帰ってきたんだね」

 思った通り満寵殿は書簡に筆を走らせていたけど、何かおかしい。普段身に付けていない羽織を一枚羽織っているし、返ってきた声も掠れている。それが気になってしまい、報告よりも先に言葉が出てしまった。

「満寵殿、風邪ですか…?」

 返事の代わりに咳き込み始めたから背中を擦った。咳はなかなか止まらないし、触れた背中も少しだけ熱く感じた。
 落ち着いてきた満寵殿はすまないね、と辛そうにこぼしていたけど、これはかなりやばそうなやつじゃないだろうか。失礼しますと言って額に触れたら、かなり熱かったし、汗もかいていた。夏と言えども暑さは引いたし、夜は汗などかかないくらい涼しくなってきている。これは完全に風邪だろう。

「満寵殿、早く休んだ方がいいですよ」
「うん、そうだね」

 口ではそう言いつつも、手を止める様子がない。だから筆を奪った。あっと言われたけど、それよりも早く硯ごと遠くへやった。

「また無茶な徹夜を重ねたんじゃないですか」
「仮眠は取っていたよ」
「仮眠を取っていてもちゃんと寝台で休まないと体調崩しますよ」
「やりたい事が多くて時間が足りなかったんだよね」
「薬は飲んだんですか?」
「そういえば女官が持ってきてくれていた気がする」

 満寵殿が探している視線の先を見てみると、用意された薬が膳のまま置かれていた。薬に触れてみると冷めきっていて、女官が用意してからかなり時間が経っているのがわかる。膳を持ってきて書簡の上に乗せた。

「ちゃんと飲んでくださいね」
「この薬、苦いんだよなあ…」
「子供みたいなこと言わないで下さい」

 少しの躊躇いの間の後、杯を取って一気に飲んだ。満寵殿には珍しく顔を歪めているから、相当苦いんだろう。飲み干したのを確認して、お膳を元にあった所に戻した。

「今日はもう休みましょう」
「これは今日中に終わらせたい仕事なんだけど」
「じゃあ看病がてら私もここで仕事します。遠征帰りのこの体がどこまで持つか見てて下さい」
「ななし殿が脅してきた…」

 今日はこう言えば休んでくれると思ったから強く言ってみた。それでも徹夜をすると言うなら本当に看病しながら付き合うつもりでいたし。大きなため息の後、満寵殿は目の前の書簡をまとめてくれた。

「実を言うと屋敷に帰るのも怠いんだ」
「そんなに酷いんですか?そしたら今から馬車を手配しますね」
「いや、ここで休むよ」
「わかりました」

 ちょっと待ってて下さいねと言って、物置と化している奥の仮眠用の寝台へ向かった。ここが使えればもうちょっと質の良い睡眠を取れると思うのに、あまりにも色んな物が積まれていて寝れる間がない。物を床や机に移動させて、窓を開けて布団を叩く。夜なのに目に見える程の埃が舞って、私も咳き込んでしまった。こんな布団に満寵殿を寝かせても平気だろうか。叩き終わった布団を直していたら、ふらふらと満寵殿が歩いてきて、寝台に寝転がった。まだ直している最中なのに、そしてそれ以上に困ったことに、なぜか満寵殿は私の膝に頭を乗せてきたのだ。突然のことに心臓が大きく跳ねる。

「ま、満寵殿…」
「少しの間だけ、いいかな」

 そう言って目を閉じてしまった。寝付いたのかわからないけど、胸の辺りが浅い呼吸に合わせて上下している。白湯や濡らした布を持ってこようとか思っていたのに、これでは身動きが取れない。せめて掛け布団をかけようと思ってできるだけ体を動かさないように腕を伸ばして布団を引っ張った。
 私の心臓も落ち着いてきた頃、寝辛いかと思って満寵殿の簪を外した。腕を伸ばして近くの机に置き、癖を直すように軽く髪をといた。その流れでもう一度額に触れてみた。相変わらず熱いし、汗もかいている。この汗を拭うだけでも少しは楽になると思うのに、身動きが取れないから見ていることしかできない。満寵殿は蝋燭を消さないで寝台に来てしまったから、部屋がわりと明るいままだ。余計なお世話かもしれないけど、眠りの邪魔にならないようにと手の平で満寵殿の目元を覆ってみた。


20190831

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