幼馴染の女官と満寵の話をする2
遠征の後処理に追われていたけど、やっと落ち着いてきたからずっと時間が合わなかった幼馴染をようやく部屋に呼ぶことができた。彼女にしては珍しく、遅めの時間にやってきた。
「珍しいね。疲れてるなら無理しなくていいよ?」
「ううん、大丈夫。ちょっとだけでも話したかったから」
そう答える幼馴染は欠伸を噛み殺していたから、本当に少しだけ話したらお開きにした方がいいかもしれない。
ゆっくり寝付きたいからと言うから彼女の分の酒も用意した。疲れている時に飲む酒は回りやすいから危ないと思ったけど、おぶって運べばいいし、ここで寝てもらってもいいかなと思ったから何も言わなかった。
「そういえば、この前初めて荀ケ様とお話したわ」
お互いの近況報告をし終えた後、幼馴染が話題を変えてきた。
「ななしが顔がいいって言ってる荀ケ様」
「一言余計。でもかっこよくない?」
「遠目で見ても綺麗だと思ったけど、近くで見るとますます端麗な顔をしているのね」
「近くで見ると顔を直視できないよ」
「そう?私は凝視しちゃった。拝めるものはたくさん見ておかなきゃ」
荀ケ殿の顔をずっと直視できる女官なんてあなたくらいだと思うよ、と出かかった言葉を酒と共に飲み込んだ。それを言ったところであの可愛い笑顔が返ってくるだけだから。
「荀ケ様って、すごく良い香りがするのね」
「言われてみれば…。戦場で会うときは何も感じなかったけど、前に一緒に飲んだ時いい香りがしたかもしれない」
「あんなに綺麗な外見で、頭も良くて、名門出身、身だしなみにも気を使える。言うことないわね」
「荀ケ殿を狙うのはさすがに敵が多いと思うけど…」
「あら、荀ケ様はそういう対象じゃないから安心して。ななしとは好みが被らないわね」
「いや、私もそういう対象じゃないから…!」
何度も言われてきたし、からかわれているだけだとわかっているけど、これに関してはその都度否定しないと私の気が済まない。
「同じ名門出身なのに、満寵殿の身だしなみときたらなあ…」
「そういえば満寵様はどんな香りがするの?」
「満寵殿の香り…」
満寵殿の香りなんてあまり気にしたことがなかったからどういう香りかと言われると説明に困る。香を焚いている感じはないから、それ以外だろう。満寵殿がよくいる場所や身に付けているものを思い返して浮かんできたものを呟いた。
「埃…」
「え?埃?」
「だっていつも埃っぽい書庫や外に行ってもそういう所ばっかり行くんだもん」
「もっといい例えないの?色気なさすぎでしょ」
「仕方ないでしょ…。あ、思い出した」
「何?」
「墨の香りがする」
「それは…確かにあるかもね。思い付いた事をすぐに書き留めている印象があるわ」
他の将付きの女官からだとそう見られているのか。確かに書簡と筆は常に持ち歩いているから間違ってはいないんだけど、香りに関してはそんなしっかりした理由ではなさそうなんだよね。
「それもあると思うけど、たぶん服とか顔とか身体によく墨を付けてるからだと思う」
「…子供?」
「あはは、そうかもね。大きな子供かもしれない。この前だって顔にすごくたくさん墨がついていて、話を聞いたらうたた寝をして硯に顔を突っ込んだんだって」
「満寵様なら想像できちゃうから凄いわ…」
「さすがにこの顔は女官にも見せられないと思って急いで濡れた布を渡したけど」
「あら、その時は拭いてあげなかったの?」
「…拭いた」
「やっぱり」
「そうじゃないの。自分でやってと思ったんだけど全然取れてなかったから!」
「それでもやってあげる辺り流石よね」
満寵殿のことだから顔に墨を付けていようが気にせずに仕事を始めそうで、乾く前に拭きたかっただけだし、服に付いて洗濯が大変になっても女官がかわいそうだからそうなる前にできることをやったまでだ。これ以上満寵殿のだらしない話をしても仕方がないから、話題を変えた。
「郭嘉殿はどうなの?あの方もそういうの気を付けてそうだけど」
「郭嘉様はね…。ちょっといやらしい香りがするわね」
「…え」
「変な意味じゃないわよ。いや、ある意味変かもしれないけど」
郭嘉殿も女を侍らせるという意味で身だしなみにも特に気を付けていそうだと思い、主人の事を尋ねてみたら、予想外の返答が来てしまい言葉が詰まってしまった。
「甘い香りなの。女が好きそうな感じの香り」
「それで花の蜜のように女を引き付けてるわけだ…」
「ななしが言うと棘があるけど、まあそんな所でしょうね」
「やっぱり」
「気のせいかもしれないんだけど、夜に使うと効果があるって噂の香に似た香りが混ざってる気がするのよね」
「うわ…」
「これは本当に気のせいかもしれないけど」
「よくそんなことまで知ってるよね…」
「あら、女だって知識をつけないと身を守れないわよ。特に私みたいに力のない女はね。色んな事を知っておかなきゃ」
私の個人的感情を込めて言ってしまったけど、幼馴染もどうやら同じ見解らしい。同じように香を身に付けている荀ケ殿とは全然違う理由なんだろうなと思うと、香一つ取っても印象が変わってくるのは面白い。そういう点では満寵殿が香を使い出したら良からぬ事を考えているのではと勘繰ってしまいそうだ。嗅覚を混乱させる罠を作りたい!とか言いかねない。いや、でも鼻からくる罠って意外と使えるのではないだろうか。感覚から入っていく罠、相手を錯乱させられそう。今度話をしてみようかな。
20190926