満寵と山賊退治をする話3

 宴の片付けを終えて、寝ぼけ眼で自分の部屋へと向かった。屋敷の中はしんとしていて、もうそんな時間になってしまったのかと思った。もちろん野宿生活から部屋に変わって、疲れている身体だからすぐに寝付くのもわかる。満寵殿にずっと父のお相手ありがとうございましたと一言お礼を言おうと思ったけど、満寵殿も結構飲んでいたし、もう寝ているかもしれないから明日の朝一でいいか。それにしても、この家の娘だから街の為に動いてくれた軍をもてなすのは当たり前のことなんだけど、一応私も軍の人間として討伐に参加していたはずなんだけどな…。誰にも言えない文句を心の中で消化しながら、数年ぶりの自分の部屋へと戻ると、一気に気が抜けた。きつく結ばれた帯を解き、もう片方の手で簪を抜いて髪を下ろす。ばさっと落ちてきた髪は女官に塗られた香油のほのかな香りが残っていた。化粧を落とすのももう明日でいいや。帯をまとめて服を肩から外しかけたその時、奥の寝台の方からいるはずのない人の声がした。

「え、ななし殿…?」
「え!?」

 遠慮がちに名前を呼ばれたその声の主は、さっきまで挨拶に行こうと思っていた満寵殿のもので、私は言葉を続けるよりも先に服をかき集めて距離を取った。綺麗に着直せないけど、前を締めて下着が見えないように急いで帯を結び直した。髪はどうしよう。髪紐はないし、どう留まっていたのかわからない簪だったので、私一人ではまとめられず、顔を合わせないように俯くことしかできなかった。

「どうして満寵殿が私の部屋にいるのですか…」
「やっぱり、ここはななし殿の部屋だったんだね。お母上に案内された部屋がここだったんだけど、何となく女性の部屋のような気がしたんだ。本当に大丈夫か聞こうと思ったけどもう遅かったし、案内されたということは使用して良い客室なのかなと思って…」

 言い訳のようにつらつらと述べられた言葉からするに、満寵殿は何も悪くない。元凶は母なんだろう。だけど上官の前で髪を解き服を脱ぐというはしたない姿を見せてしまったことで混乱した頭では、自分の部屋だろうがとにかく早く出なきゃいけないと思い、急いで扉へと走った。

「大変失礼しました…!おやすみなさい!」
「あ、ななし殿待って!どこに行くんだい!?ここはななし殿の部屋だろう?」
「どこって、ここ以外の部屋です!」

 扉に手をかけた時、後ろから手が伸びてきてそれを遮られた。さらに混乱した私は必死になって扉を開けようと両腕に力を込める。

「今そんな格好で出て誰かに会ったらお互いに気まずくなると思うよ!?」

 満寵殿の言葉の意味を混乱しながらも考えると、確かにこんな時間に満寵殿が使っている部屋から格好の乱れた私が出てきたらこちらが何と言おうと勘違いされるのは確実だろう。私が満寵殿を誘惑したけどうまくいかずに部屋から出てきた、とか、満寵殿が手を出そうとして逃げてきた、とか。

「た、確かに…?」
「そうだよ。だからまずは落ち着こう。それと、私はここにいるから奥で服を整えてくれないかな。その、それではちょっと目のやり場に困ってしまうからね」
「あっ…失礼しました!」

 扉を開けようと力を入れた時に着物が肩口から広がったのだろう。胸元が大きく開けて下着が見えていた。急いで帯を結んだから締めが甘かったのだろうか。急いで奥に行き、着物を整える。髪もまとめようと部屋の引き出しを開けてみたけど、まとめられそうなものがなかったから諦めて櫛でとかすだけにした。

「お待たせしました」
「本当に大丈夫かい?」
「髪をまとめられなかったので下ろしています。お許し下さい」
「構わないよ。…どうしてそんな隅に立っているんだい」
「お気になさらず…」

 私の部屋と言っても数年使われていないからある程度の物が撤去されていて、椅子もなかった。寝台は満寵殿が使うから腰かけるわけにはいかずに、棚の側に立っていることしかできなかった。
 満寵殿は寝台の前まできたけど腰を下ろす様子はなくて、微妙な距離を取ったまま二人で立ち尽くすという何とも奇妙な状態になってしまった。

「どうぞ、寝台をお使い下さい」
「ななし殿の部屋だろう。ななし殿が使うといい」
「いえ、今は満寵殿に貸している部屋ですから」
「それでも持ち主はななし殿だ」
「上官差し置いて使う訳には参りません」
「参ったな…」

 満寵殿は顎に手を当て、考える体勢に入った。少しだけ考えると、よし、と言って腰を下ろしてくれた。ほっとしたのも束の間、隣をぽんと叩いて「ななし殿も一緒に座ろう」と言ってきたのだ。

「え…」
「まずは話し合おう。ななし殿は山賊討伐から私達のもてなしまでずっと働きづめだったんだから体を休めないと倒れてしまうよ」

 誰にも言えなかった心の文句を聞かれたのかと思い一瞬どきっとした。けど、満寵殿の言う通りこれで引き上げる最中に倒れたりしたらそれこそ迷惑になってしまうから、寝台の隅の方に浅く腰かけた。

「ななし殿、改めて言わせてもらおうか。こうして兵全員の宿の提供ともてなしをありがとう」
「いえ、この街の人間として当然の事をしたまでです。こちらこそありがとうございました。それにずっと父の相手まで…」
「とても良いお父上だね。もちろん軍略の話で盛り上がったのもあるけど、すごくななし殿の心配をしていたよ」
「そう言って頂けると安心です…」

 家族のことを誉められるのは嬉しいからもっと喜びたいのに、自分の寝台に満寵殿と一緒に座っているというこの状況が落ち着かなすぎて言葉が右から左へと抜けていく。少し話が途切れた後、満寵殿が続けた。

「今日の格好はななし殿が自分でやったのかい?」
「いえ、母と女官です」
「そうだったのか。とても良く似合っていたよ。私としては甄姫殿の時よりも合っていたと思う」
「ありがとうございます…」
「でも髪は前の方が良かったな」
「それは私も思いました。そんなに変わらないと思うんですけどね」
「簪の違いかな?」
「ああ…成る程」

 仕上がりを見たときから思っていた疑問は満寵殿の一言ですっと解けた。前と違うのは満寵殿から頂いた簪がなかったことだった。あんな素敵なものなんだからつけている方が良く見えるに決まっている。だけどあんな高価なものをつけて動き回れる気がしないから、やっぱりあれは飾っておくのが一番いいかもしれない。
 満寵殿はそうだ、と膝を叩いた。話題を変えたい時にたまに出る癖だ。今度は何を言われるのかとひやひやしていたら、予想外な事を言われた。

「ななし殿、今でも縁談をかなり断ってるんだってね」
「急に何ですか」
「私としてはななし殿がいてくれるのはとても嬉しいんだけど、縁談も断りすぎると今後に響くからあまりよくないよ」
「同じ事してる満寵殿には言われたくないです」
「私は今いなくとも特に困ることはないからね。女性は色々と大変だろう」
「今までそんなこと何も言わなかったのに何ですか唐突に」
「いや…実はあの後お父上からななし殿の縁談について相談を受けてね。私からも何とか言ってくれないかと」
「余計なお世話です…」

 ぷいと顔を反らした。こんな時にまで言わなくてもいいじゃないかしかも上官に、とまた心の中で悪態をつく。明日朝一で上官まで巻き込むなと文句を言おう。

「その時にね、ななし殿をもらってくれないかとも言われたんだ」
「は、」

 冗談も大概にしてほしいし、上官に何てことを頼んでいるんだあの人は。酒が入ってるにしてもさすがに無礼すぎる。謝ろうと顔を上げた時、不自然に空いていた空間を満寵殿が詰めてきた。ぎし、という寝台の鳴る音に、体が固まる。

「いい香りがすると思っていたけど、ここからだったんだね」

 下ろしていた髪を一束掬われて、顔を寄せられる。
 からかうのはやめて下さい。いつもの感じでそう言えばいいだけなのに、何故か声が出せなかった。こういう時はどういう反応をするのが失礼じゃないか頭を巡らせる。拒否をしたら失礼になるんじゃないか。でもここで許したら今までずっと満寵殿とは何もないと否定していた苦労が水の泡になるんじゃないか。どうすればいいんだろう、緊張と焦りのせいで心臓がうるさい。
 満寵殿の手が伸びてきた。頬に触れそうな瞬間、その手を掴んで身を引いた。頭ではどうするのがいいのか結論は出なかったけど、体が勝手に反応してしまった。

「ごめんなさい…」

 掴んでいた手を離すと、改めて触れてこようとする様子はなかった。咄嗟に手が出てしまったから、何か言わなければ。あの、えっと、という言葉ばかりだったけど、何とか言葉を繋げた。

「父に言われたからとか、母がこの部屋を用意したからとか、そう思っているならば、私は嫌です」

 それで満寵殿と程よく保っていた距離感が崩れるのは耐えられない。程よい距離感と思っているのは私だけかもしれないから言葉にはしなかったけど、誰かにこう言われたからこうする、という気持ちでいるなら、そんな気持ちは受け止めたくない。
 ずっと目を合わせられなくて下を向いていたから、満寵殿がどんな顔をしているのかわからない。そんなに経っていないとは思うけど、沈黙の時間が酷く長く感じた。
 やっぱり部屋を出よう。もう誰に何を言われてもいいから、この空気から逃れたい。そう思った時、大きな手が頭に乗った。

「すまなかったね。今日はゆっくりおやすみ」

 くしゃっと撫でてくれたその手つきはさっきと違い、とても優しくて心地よくて、思わず目を閉じた。このまま眠りにつけたら気持ちが良いだろうけど、満寵殿を差し置いて寝台を使うわけにはいかない。結局振り出しに戻るというか、そもそもこの問題は解決していなかった。寝台は満寵殿に使ってもらい、私は床で寝よう。そう思って立ち上がったら、満寵殿に腕を掴まれた。

「まだどこかに行くつもりなのかい?」
「いえ、私は床で寝るので、満寵殿が寝台を使ってください」
「結局振り出しに戻ったな。それにその服で床に寝るつもりかい?」
「さすがに服位は残ってると思うんですけど…」

 棚の引き出しを全部開けてみたけど、着替えられそうな服は一枚もなかったし、床に敷けるような布もなかった。絶望の顔で振り返ったら、その顔が面白かったのか、満寵殿が笑った。

「私は壁に寄りかかって眠るから大丈夫だよ。建物の中で眠れるだけでありがたいからね」
「それなら私が…」
「さっきも言ったけど、ななし殿はずっと動いていたから今日くらいゆっくり休みなさい」

 最後の抵抗と思って棚の側から動かずにいたら、満寵殿に腕を取られて寝台まで引っ張られた。

「父と母にはきちんと言っておきます。本当にすみませんでした」
「気にしなくていいよ。おやすみ」

 くしゃっと頭を撫でられてた。抵抗はしていたけど疲れと眠さが限界にきていて、すぐに瞼が重くなった。


20191128

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