昨日あんなことがあっても眠りにつくのは早かった。だけど心労がとれなかったんだろうか、日の昇る前に目が覚めてしまった。窓から見える空は白くなりかけているだけで、光は差し込んでいない。いつもだったらここからもう一眠りしてしまうけど、目を閉じても眠れそうになかった。重たい体を起こし、部屋を見渡す。満寵殿は昨日の体勢のままでいて、眠っているのか起きているのかよくわからなかった。寝台からそっと立ち上がって、部屋を出る。向かう先は決まっていた。
「母上、お話があります!」
「何ですか挨拶もしないで騒々しい」
炊事場に行くと、案の定母は女官と共に朝食の準備をしていた。いい香りにつられて鳴りそうになったお腹を押さえて、昨晩の出来事を責めた。
「どうして私の部屋を満寵殿に貸していた事を言ってくれなかったのですか!」
本当はもっと責め立てたかったけど、僅かに残っていた理性で抑えた。昨日の事を思い出して恥ずかしくなったというのもあったけど。だけど母から発せられたのは予想外の一言だった。
「将軍とはそういう仲なのではないのですか?」
「は!?そんなことはありません!」
久々にこういったやり取りをするなと思ったけど、実の親に言われるのは心の負担が違う。全力で頭と手を振って否定した。
「そうなのですか?私は二人の様子を見ていてそう感じましたけど」
「ただの上官と副官の関係です!」
「将軍がななしの話をする時の表情を見ていてすぐにそう思いましたよ」
「満寵殿はお優しいですから…」
「それに、ただの上官と副官がお召し物を直したりはしません」
「そこはまたちょっとあのお方が特別というか、おかしいというか…!というか見られてたのですか…!」
屋敷に入る前のやりとりを見られていたのかと思うと恥ずかしさで消えてしまいそうだった。
「だからやたらと満寵殿の話をしてきたのですか?傷がどうとか…」
「そうですよ。傷だらけの体に触れるのに何とも思わないのかと心配になりました」
「そういう関係じゃないので心配ご無用です!」
「じゃあ昨晩はどこで寝たのですか?」
「それは…自分の部屋です」
「将軍を追い出したのですか?」
「いえ…満寵殿も同じ部屋です…」
「そうですか」
私が違う部屋に行ったと嘘をつけばよかったけど、部屋割りを考えたのはおそらく母だから、下手な嘘をついてもぼろが出るだけだと思って正直に話してしまった。けど、その時の母の全てを悟った表情を見てもっと頭を働かせて別の嘘をつけばよかったと後悔する。何のために満寵殿について計略について学んでいるのか。こういう場でもすぐにいい考えが思い付かないなんてまだまだ勉強が足りないな…。
「もしかして父上にも何か変なことを吹き込みましたか…?」
「将軍とななしは良い関係だと思いますよ、と一言」
「だから満寵殿に変なことを言っていたのですね…」
「旦那様は何と?」
「縁談を断っているから満寵殿からも言ってやってくれないか、というのと…」
「というのと?」
「…私を、もらってくれないか、とか…」
何が恥ずかしくて昨日の出来事を実の親に話さなければいけないのだろうか。上手く誤魔化せていればこんなことにならなかったから自分の力不足ではあるけれど、恥ずかしくて声がどんどん小さくなっていった。
「まあ、それは失礼ですね」
「母上もそう思いますよね!?」
「酒宴の場の口約束ではなく正式に書を出さなければ」
「そういう問題じゃないです!」
女官がくすくすと笑っている。普通の恋する娘と親がこういうやりとりをしているのは微笑ましいと思えるけれど、自分の身に起こっていることだから笑って過ごす余裕なんかない。
「この時間に起きてぼうっと突っ立ってるなら食事の手伝いをして下さい」
「はい…」
「ちゃんと顔を洗って来て下さい。昨日の化粧がまだ残っていますよ」
「ああ…そうだった…」
「将軍にはこちらから謝罪しておきますから。今日からは別室を用意します」
「ありがとうございます…」
目を擦ると、目元に引いていた紅が指についてきた。今日から満寵殿と部屋が別々になるのは一安心だけど、昨日の出来事をまた思い出してしまい、これから面と向かって共に仕事できるか不安だけが残った。
20200105