荀攸と邂逅する話


 女官に教えてもらった料理屋には今でもたまに行く。偶然郭嘉殿と会って酔い潰れてしまった過去があるけど、酒や料理が美味しかったから、時々行きたくなってしまうのだ。今日も店の目の前を通った時、炒め物のいい香りがして引き寄せられるように中に入ってしまった。案内されて酒を飲もうとしたら、机を挟んだ向かいの方に荀攸殿がいるのを見つけた。荀攸殿も酒を飲んでいて、既にいくつかの酒瓶が机の上にあった。料理や食器の置き方から見るに、一人で飲んでいるようだった。軍師殿はここで一人酒をするのが流行っているんだろうか。挨拶した方がいいけど、もし考えに更けていたら邪魔かもしれないと思ってしばらく様子を伺っていたら、目が合った。まず会釈をすると、向こうも気まずそうに返してきた。話しかけてもよさそうな感じだったから、荀攸殿の元まで挨拶をしに行った。

「お疲れ様です、荀攸殿」
「ななし殿…。一人ですか?」
「はい。荀攸殿もお一人ですか?」
「ええ…。お見苦しい所を見せてしまいましたね」
「いえ、こちらこそお邪魔してしまいすみませんでした」

 もう一度頭を下げて席に戻ろうとした。元の席では視界に入ってしまうから、荀攸殿の気が散らないよう席を変えてもらおうかな。そう考えていた時、荀攸殿に名前を呼ばれた。

「ななし殿がよければ、一緒に飲みませんか?」
「え…大丈夫なのですか?何か考え事をしておられる様子でしたけど」
「丁度行き詰まってて誰かと話したいと思っていた所です」
「そういうことならばお言葉に甘えさせて頂きます」

 通りかかった店員に断りを入れてから荀攸殿の正面に座った。流れでこうなってしまったけど、よくよく考えると荀攸殿の思案に付き合える程の脳は私にはないし、果たして荀攸殿の話し相手が勤まるのだろうか。自分の酒が来るまでの沈黙がとても長く感じた。酒といえば荀攸殿は相当飲んでいるようだけど、この時間だし、まだ飲むつもりなのだろうか…。沈黙を破るためにもまずは酒の話題を出すことにした。

「荀攸殿、よくお酒を飲まれるんですね」
「たまにですけどね。今日は少し多いかもしれません」
「これで少し…」

 料理の邪魔にならないようにと机の端に並べた酒瓶を見直す。昼から飲んでいたとしても、これを一人で空けたとしたら少し多いなんてもんじゃない。満寵殿も底なしだし、軍師殿は酒に強くないといけない掟でもあるんだろうか。

「満寵殿や郭嘉殿もですけど、軍師の方はよく飲まれるんですね」
「いえ、俺なんてその二人に比べれば…。あ、追加で酒をお願いします」
「充分だと思いますが…」

 私の酒を運んできてくれた店員さんに追加の注文をする荀攸殿にまだ飲むんですかと出そうになったけど、すんでのところで飲み込んだ。満寵殿だったら言えたけど、荀攸殿とはそんなに話したことがないから距離感を間違えたら大変なことになってしまう。

「ななし殿もここでよく飲むんですか?」
「たまにですけどね。女官が美味しいと教えてくれたんですよ」
「俺も郭嘉殿に教えて貰いました。雑踏としてるからそこに紛れて一人でゆっくり飲むのに丁度いいんです」

 荀攸殿の酒がきたからそれを受け取って杯に注いだ。乾杯をして私が半分飲み干す間に荀攸殿は一口で杯を空にしていた。この速さで飲めばそりゃああの酒瓶の数になるわけだ…。

「いつも満寵殿と一緒にいて疲れないですか?」
「そんなことないですよ。確かにだらしない所もありますけど…もう慣れました。それに満寵殿の考える策は面白いですよ」
「さすがですね。俺はたまについていけない時があって。この前なんか罠にまみれた城を作りたいと延々と話されました…」
「いつものことです」
「そうですか…。やっぱりななし殿はすごいですね」
「そうですかね…?」
「戦う為の城を、と言っていたけど、そんな要塞簡単には作れないからそのうち自分の屋敷をからくり屋敷にしそうですね」
「うーん…それは困りますね…」

 荀攸殿とあまり話したことないからわからないけど、これが荀攸殿のいつもの調子なのか、酒のせいなのか、私の知っている荀攸殿よりも遥かに饒舌だ。最初は私から何か話した方がいいのかなとか行き詰まってる考えについて伺った方がいいのかなとか考えていたけど、この調子だと荀攸殿の話したいように話してもらうのが一番いいのかもしれない。少しだけほっとして話を聞く体勢に入った。



「すみません…。少し話しすぎてしまいましたね…」
「いえ、大丈夫ですよ」

 あれから荀攸殿が色々と話してくれたんだけど、よほど色んなものが溜まっていたのか、気付いたら夜中になっていた。ここの店は遅い時間までやっているからまだまだ賑わってはいるんだけど、今日は特に早い時間から動いていたから今とても眠気がきている。これ以上続くようなら翌日の業務に支障が出そうだからさりげなく断りを入れようかと思ったところだった。

「夜道は危ないですけど大丈夫ですか?」
「え?ああ、大丈夫ですよ。近いですから」

 最初は何が大丈夫なのかわからなかったけど、きっと女の一人歩きが危ないと言いたいんだろう。今までそういう意味で女扱いを受けたことがあまりなくて心配されたことがなかったからすぐに理解できなかったと同時に、少しくすぐったい感覚に襲われる。

「今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ楽しかったです」
「満寵殿がななし殿を気に入る理由が何となくわかった気がします」
「え?」
「ななし殿とはとても話しやすいですから。あと、見てて面白いです」
「何か面白いことしました…?」
「白目向きかけていました」
「え!?」
「疲れていたところを無理矢理付き合わせてしまって申し訳なかったです。夜道気をつけて下さいね」
「た、大変失礼しました…!」

 笑いを堪えながら店を出ていく荀攸殿を体が折れるんじゃないかという勢いで頭を下げて見送る。
 話を聞きながら白目を向くなんて、話がつまらなかったと受け止められる可能性がある。それ以前に女として見せてはいけない顔なんじゃないだろうか。怒った様子ではなかったと思うけど、失礼なことには変わりない。次会ったときに改めて今日のお礼と謝罪をした方がいいだろう。


20191215

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