街で満寵に寄ってくる女に嫉妬する話
満寵殿は考えに行き詰まるとよく何処かへ失踪する。数日いなくなるわけじゃないから放っておけばいつの間にか帰ってくるんだけど、そういう時に限って人が訪ねて来たり、重要な書簡が届いたりする。今日は私が執務室に来たときから姿を見ていない。それに今日はまだ急ぎの用事がないけど、冷たい風が吹き込んでいて、ずっと外にいたら体が冷えてくるだろう。風邪を引かれる前に連れ戻したいと思い、街に探しに行くことにした。
できるだけ暖かい格好をして出てきたけど、外は一段と寒かった。どうせ満寵殿は薄着でほっつき歩いてるだろうと思って一枚羽織るものを持ってきたけど、もしいつもの格好で出て行ったならかなりの薄着だから、これではまだ寒いかもしれない。まずは満寵殿を早く見つけなければ、そう思って人の多い所から探そうとしたら、料理屋の店頭から蒸し物のいい香りがしてきてそちらに目を奪われた。出来立てなのか、かわいい売り子の声が響いてる。満寵殿を探していなかったら一個買って食べるのにな、と思って通りすぎようとした時、売り子が満寵殿の名前を呼ぶのが聞こえた。
「満寵様ー!出来立ての肉まんですよ!お一つどうぞ!」
「これはいい香りだね」
通りすぎかけたところを振り返ると、満寵殿が笑顔で蒸籠の中を覗いていた。名前を呼ぼうとした時、売り子が満寵殿の腕に絡んでくっつき始めた。は?と思い、声が出なくて、そのまま固まってしまった。将軍に気安くくっつく売り子は問題だけど、それを何とも思っていないのか振りほどく様子もない満寵殿もどうかと思う。満寵殿に急ぎの用事はないし、邪魔をしないようそのまま退散すればよかったのに、なぜか私はその二人の間を割るように向かって行ってた。
「満寵殿。今日は冷えますから、しばらく外にいるならこれをお召しになって下さい」
満寵殿が何か言おうとしてる様子はあったけど、何も聞くつもりはなかったから上着を押し付けてきた。無意識に手に力が入っていたのか、生地がぐちゃぐちゃになってしまっていた。私が声をかけても離れる様子のない売り子はこわーいと言って満寵殿の腕にくっついていたから、ちらっと見て踵を返した。何が怖いだ私からしたら平気で将軍にくっついてるあんたの精神の方が怖いわ。
急ぎの用事はなかったんだから無駄な気を回さないで大人しく暖かい執務室で仕事を進めていればよかった。外気にやられて体は冷えるし、売り子の無礼を緩んだ顔で許す満寵殿もだらしないし、とんだ無駄足だった。
「…はっくしゅ」
冷えてしまったせいか、くしゃみが二、三回程出てしまった。鼻をすすり、冷たくなった指先を温めるように両手を擦り合わせる。その時、後ろからふわっと何かの布をかけられた。驚いて振り返ると、満寵殿がいた。どうやら私がさっき持ってきた上着をかけてくれたらしい。
「風邪引いたら大変だからね。この時期の風邪は命取りになるかもしれないし」
「これは満寵殿の上着ですよ」
「大丈夫、私は寒さに強いからね。ななし殿はこんなに冷えているし」
上着を脱ごうとかけた手を押さえられた。確かに満寵殿の手は温かくて、私の冷えきった指先がじんわりとほぐれていく。さっきまで蒸し上がった蒸籠の側にいたんだから温かくて当たり前なのかもしれないけど。一緒に売り子の無礼まで思い出してしまい、何となく気まずくてふいっと顔を反らした。
「さっきの子から肉まんをたくさん貰ったんだ。城に帰ったら食べようか」
「店で食べた方が出来立てで美味しかったんじゃないですか?」
「ちょうどななし殿がいたから一緒に食べようと思ったのにななし殿は上着を押し付けるだけ押し付けてさっさと帰ってしまったからね。聞いたら城に届けてくれると言うからお願いしたんだ。ななし殿、肉まん好きだっただろう?」
「まあ、好きですけど…」
「私も朝から出て考えがまとまったところだったし、お昼の時間だから丁度良かった」
結局断りきれずに満寵殿の流れになってしまったし、何となく食べ物で釣られたような気もする。だけどあの蒸したての肉まんの香りをかいだせいかお腹が空いたのは事実だった。少しだけお腹が鳴ってしまい、咄嗟にお腹を押さえる。売り子は問題だったかもしれないけど、食べ物に罪はないから…。
「さあ、早く帰ろうか。肉まんの方が先に着いてしまうよ」
私のお腹の音が聞こえたのだろう、笑いを堪えてる満寵殿の腕を軽く叩いて前を歩いた。
20200204