敵から文を貰う話
朝の軍議の時に渡された書や文を仕分けする。急を要する物、そうでない物、たまに紛れている別の将軍宛の物を分けるのは簡単そうで実は意外に難しい。満寵殿の仕事の進行具合を見て私の独断で分けているけど、少し間違えると手をつけてくれなかったり、忘れられたりする。満寵殿はそれを責めるような人じゃないけど、副官としてそれくらい管理できないでどうするという気持ちになる。今日の満寵殿の様子を見ながら慎重に分けていたら、珍しく私宛の文があった。たまに父から届くことはあるけど、筆跡が違う。裏返してみたら、差出人の名前がない。こういう手紙も稀に届くけど、大体仕事に関係ない内容のものが多いため、またかという気持ちになった。満寵殿宛の物を机に置き、自分に届いた文を広げた。堅苦しい文字で長い前置きを読んでいたら、よほど変な顔をしていたのか、満寵殿が声をかけてきた。
「お父上からかい?」
「いえ、違います」
「じゃあ恋文かな?」
「まあ…そうですね」
「えっ」
予想外の返答だったのか、驚いた顔で一瞬止まった。確かに今までそういう物を貰った時ははっきりと答えず、少しはぐらかしていたから。だけど今回はちょっとだけ様子が違う。
「かなり熱烈な恋文ですよ」
「見てもいいかな?」
「どうぞ」
満寵殿は私の横に来ると、そのまま覗き込んできた。少し近いなと思ったけどわざわざ遠ざけたり離れるのも失礼だからそのまま書を見せる。無言で文字を追った後、これは…と考え込んでしまった。
「とても熱烈な内容ですよね」
「そうだね。堅苦しい文字とは対象的にかなり大胆な内容だったよ」
手紙の内容は敵方からで、この国を出てこちらへ来ないかというものだった。文の最後に書いてあった名前には見覚えがある。実際に会ったことはないけど、よく聞く名前だ。
「これ、逆手に取ってみますか?寝返ったと見せかけて、情報集めるもいいし、戦場で挟み撃ちにするのもできますよ」
「うん、そうだな…」
満寵殿は顎に手を当てて考え始めた。この手紙が本当なら、この機会を使うに越したことはないと思う。何度か読み返した文を机に置いたら、ようやく満寵殿が口を開いた。
「ななし殿、送り主と会ったことは?」
「ないです」
「そうか。なら止めておこう」
「どうしてですか?この内容が本当なら、絶好の機会だと思いますが」
「埋伏は成功すれば敵に甚大な被害を与えられるけど、その分危険が大きすぎる。時が来るまで誰にも悟られずに敵に馴染まなければいけない。とても孤独な戦いだし、強靭な精神力を持っていないと出来ない事だ」
「ならせめて使者に会うだけでもどうですか?得られるものはきっとあるはずです」
「この文自体も本物かわからないだろう。接点のないななし殿に急に文を送る時点で怪しいし、こんなに名の通った人物の文が誰の目にも触れずに紛れるのもおかしい。ななし殿が敵方と密会していると噂を流す罠とも考えられる」
「敵のそういう罠、ということですか…」
「敵かもしれないし、味方かもしれない。ななし殿は前に内通していた味方に襲われた事があっただろう。こういう出所のはっきりしないものはすぐに信じない方がいいよ」
「そう…ですね。私の考えが甘かったです」
「それにななし殿は顔に出やすいから、埋伏には…あまり向かないかな」
「私そんなに顔に出やすいですか!?」
「ほら、もう出てる。何を言われても向きにならずに笑って流せるくらいになったら考えてあげてもいいよ」
いつも通りははっと笑っている満寵殿に何も返せなかった。確かに満寵殿はいつも笑っているけど、何を考えているのかわからないことの方が多い。敵さえ欺ければいいと思っていたけど、常に冷静でいられないといざという時にぼろが出てしまうんだろうな。万が一敵陣に潜り込めたとして、向こうで自分の身の周りの人達を悪く言われた時に満寵殿のような笑顔で流せる自信はない。何もできない自分に悔しくなったから、せめて文はなかったことにしようと思い、近くにあった蠟燭に近づけて火を付けた。
「人には得意不得意があるから、ななし殿は得意分野を極めるといい。荀ケ殿や荀攸殿だって違う分野で活躍しているだろう?」
「そうですね。まずは自分の得意分野を見極めます」
「それにななし殿が行ってしまったら、誰が私の身なりを直してくれるんだい?」
「それくらい私がいても自分でやって下さい!」
「参ったな…そこまで怒らなくても」
さっきまで為になる話をしてくれていたのに、最後がこれで気が抜けてしまった。今日だって紐の結び方がおかしいから頃合いを見て直そうとおもっていたけど、そんな風に思っているなら絶対に直してやらない。突っ立ったままの満寵殿を押しのけて、灰になった文をかき集めて外に捨てた。
20200524