満寵と共にクリスマスを過ごす話

 クリスマス。そして金曜日。私はこの日の為に忙しい仕事を昨日までに全て終わらせた。去年までの私だったらクリスマスなんかどうせ予定ないしと少し捻くれながら残業をしていただろう。だけと今年は状況が変わってしまった為、何が何でも終わらせる必要があった。定時になったらすぐに上着と鞄を掴んで退社して、駅ビルのパウダールームに直行した。会社のトイレでお直しして万が一誰かに見られて質問攻めにされたら困るから。私と同じようにお直しをしたいOL達で溢れていたけど、運良くイス付きの所を使えたから入念にお直しができた。最後に姿見で全身変な所がないかチェックをする。去年の反省を活かして、アクセサリーは300円のものじゃないし、靴は履き慣れたヒールだし、服だって今日に合わせてボーナスで買ったワンピースだ。変な格好をしていないことも確認し、電車に乗った。待ち合わせは会社から数駅先のカジュアルなレストランで直接待ち合わせだった。お直しをした分私の方が遅いと思っていたけど、案内された予約席には誰もいなかった。もしかして残業になったのかと少し不安になって「着いたよ。どれくらいかかりそう?」とLINEを入れたら、すぐに「もう着くよ」と返事がきた。そわそわしながら待っていたら、入店してきた老夫婦の後に続いて伯寧さんが入ってきた。背が高いからすぐにわかる。きょろきょろと店内を見渡す伯寧さんに小さく手を振ったら、すぐに目が合って、笑顔でこっちにやってきた。

「遅くなってごめんね。待ったかい?」
「ううん、私も今着いたところだよ」
「それならよかった」
「残業になりそうだった?」
「ちょっとね。でも何とか言いくるめて逃げてきた」
「さすが」
「月曜日は忙しいかもなぁ」

 話しながら手際よく上着を脱いで椅子にかける。その時に伯寧さんの格好をチェックしたけど、予想に反してきちんとした格好をしていた。昼間にはネクタイが曲がっていたから、後で教えてあげようと思っていたのにすっかり忘れていた。いつもだったら気にしないレベルだったけど、カジュアルめと言ってもレストランでの食事だから身だしなみはちゃんとしてね、と前々から言っていたのだ。何も言わずに済んだとほっとしていたら、席についた伯寧さんがメニューをこちらに広げてきた。

「何飲みたい?」
「んー…スパークリングワイン!」
「ロゼがあるよ」
「それがいい!」
「そう言うと思った」

 伯寧さんが顔を上げると、待機していた店員さんがすぐにこちらにやってきた。オーダーは伯寧さんが済ませてくれて、程なくしてワインクーラーに入ったボトルが小さなカートに乗って運ばれてきた。店員さんが目の前でコルクを開栓し、静かに注ぐ。シュワシュワという炭酸の音と、薄いピンク色の液体が照明に当たってキラキラしていて、それを見ているだけで気持ちが高揚してきた。店員さんが去ったところで、グラスを持ち、乾杯する。喉が乾いていたのと早く飲みたかった気持ちが勝って一気に半分程飲んでしまった。そんな私を見て伯寧さんが苦笑いをした。

「レストランだからおしとやかにするって言ってなかったっけ?」
「待ち遠しくて…。それにスパークリングワインだからまだ大丈夫」
「その基準よくわからないな」

 そう言って笑う伯寧さんのグラスも半分以下になっていた。居酒屋の似合う私達にはどうやらおしゃれな雰囲気は合わないみたいだ。つくづく高級レストランにしなくてよかったと思う。
 好きなものを食べたいよね、という理由で席予約だけにしていたから、食べたい物を片っ端から注文していった。もちろん一気に頼むとテーブルの上がいっぱいになるから何回かに分けて頼んだけど。お店を決める時にどこにしようかという話になったけど、せっかくのクリスマスだから普段行かないようお店にしようってなって、友達に教えてもらったこのお店にしたのだ。それにしても去年のクリスマスの時と全く違う光景に、我慢できなくて笑いが漏れてしまった。

「どうかした?」
「いや、去年と机の上のものが全然違うなと思って」
「ああ。去年は私の行きつけの何ともない居酒屋だったからね」
「あそこも凄く美味しかったよ」

 生ハムサラダ、カルパッチョ、チーズの盛り合わせ、ラタトゥイユ、アヒージョに対して、去年は枝豆、酒盗、梅水晶、揚にんにく、焼き鳥、エイヒレという顔ぶれだった。他にももっと頼んでいたけど、今目の前にある並んでいるだけで写真映えしそうなものとは比べ物にならないくらいおじさんチョイスだった。だけど本当に美味しかったし、何なら今でも伯寧さんと一緒に行っているお店だ。思い出のお店だから当たり前だけど。

「あれからもう1年経つんだね」
「早いなぁ」

 去年のクリスマスに伯寧さんに誘われて以降、よく飲みに誘われるようになった。それから程なくして伯寧さんに告白されて、流れるように付き合うことになった。仕事の話ができるから誘われているのだと思っていただけに、告白された時は驚いた。だけど伯寧さんは無理強いするわけでもなかったし、何よりも一緒にいて疲れることがなかったから、まあいいかという気持ちで承諾したのだ。付き合い始めてからも特に今までと変わることもなく、喧嘩することもなく、楽しい毎日を過ごせていたから、今となってはこの人と付き合えてよかったと思っている。身だしなみに無頓着なのはたまにイラッとするけど。


 締めのパスタとサービスで出てきたデザートを食べ終えて、駅へと向かう。夜遅くなったのと風が強くなってきたせいか、会社を出た時よりもかなり冷えてきた。伯寧さんの腕にくっついて、ちょっとでも寒さを凌ごうとする。この後は特に決まってなかったけど、どうするんだろうか。どちらかの家に行くのだろう思っていたから、ちゃんと確認しようとしたら、私の考えてていたことが伝わったのか、先に伯寧さんが口を開いた。

「この後なんだけど、あそこ予約しているんだ」

 あそこ、と指差された先には、普段の私は見向きもしないし縁もゆかりもないようなラグジュアリーなホテルがあった。頭がついていけなくなり、え、という低い声と共に立ち止まってしまった。その反応を私が嫌がっていると勘違いしたのか、伯寧さんの動揺が一瞬だけ伝わってきた。

「ああごめんね、ななしの予定を聞かずに勝手に予約したのは謝るよ。もしこの後予定があるとかならそちらを優先して構わないから」

 その言葉にはっとして、私も慌てて謝る。腕を離して、ちゃんと向き合った。

「いや、そういう意味じゃなくて、びっくりしすぎて…」
「そんなに驚いた?」
「うん。まさか伯寧さんがこんなことすると思っていなかったから」

 飲み以外のデートではここに行きたいという意見を自分からあまり言わない人だったから、ホテルを予約してくれているなんて考えもしなかった。だから予想外すぎて可愛らしい反応ができなかった自分を悔いたい。

「嫌じゃないなら安心したよ」
「嫌なわけないよ。ありがとう」

 自分の中でようやく落ち着いてきたのか、今度はじわじわと嬉しさがこみあげてきた。少しだけお酒が回っているのもあって抱きつきたかったけど、まだ残っている理性がここは外だよと言ってきたから、手だけ握った。

「よかった。ラウンジもあるから、まだ飲みたかったらそこで飲もう。部屋でゆっくりしたかったらルームサービスを使ってもいいし」
「どっちもいいなぁ」
「じゃあ行ってから決めようか」

 うんと頷くと、伯寧さんは満足そうに微笑んだ。もう一度伯寧さんの腕にくっついたら、そっと腰に手を回してくれた。

20201231

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