満寵と数名の将と飲む話


 街に用のあった満寵殿と夕暮れに待ち合わせをして久々に外に飲みに行くことになった。最近はもっぱら飲む時は城の中で、たまに満寵殿の屋敷や私の部屋で飲むこともある。だけど外はいつも食べている物とはまた違った美味しい物だったり珍しい食べ物があるから、たまに出歩きたくなる。その話をしたからなのか、今日は外に出ることになった。街中を歩きながらどの店に入ろうか探していたら、騒がしい店の中から満寵殿と私の名前を呼ぶ声がした。満寵殿だけだったら市民に呼ばれたのだろと思うけど、私の名前も呼ばれるということは親しい将が中にいるということだ。立ち止まってどの店から声をかけられたのか探していたら、後ろからとんと肩を叩かれた。振り返ると郭嘉殿が笑顔で立っていた。反射的に一歩引いてしまい、満寵殿にぶつかってしまった。

「やあ、お二方。お店を探しているのかな?」
「お疲れ様です、郭嘉殿」

 満寵殿がすぐに応えてくれたから、慌てて遅れを取らないように手を合わせる。

「相変わらず仲が良いね」
「今日はたまたま外に出向く用事があったので、そのまま外で飲むことになりました」
「あちらの方で何人かと飲んでいるのだけど、満寵殿とななし殿も一緒にどうかな?」
「私は良いけど、ななし殿はどうだい?」
「みなさんが良いのなら是非ご一緒したいです」
「じゃあ、決まりだね。行こうか」

 あっちだよ、と指を差されるのと同時にごく自然な流れで腰に手を回された。それを丁寧に振りほどいて先を歩く。郭嘉殿は何も気にしていないのか、すっと隣に並び、言葉を続けた。

「満寵殿に上手く躱されてしまったよ」
「満寵殿は深く考えてないと思いますよ」
「それはどうかな。案外したたかに考えているかもしれないよ」

 満寵殿に限ってそれはないと思う。そう返そうと思ったけど、郭嘉殿相手だと絶対に言いくるめられてしまうから何も言わなかった。

「ななしー!こっちだこっち!」

 声のする方へ向かったら、珍しい面子が同じ机で飲んでいた。声の主は大きくてわかりやすい夏侯淵殿だったけど、他には夏侯惇殿、張郃殿、李典殿がいた。この中で郭嘉殿も一緒に飲んでいたなんて、一体何の話をしていたのだろうか。

「これはどういう人選ですか…?」
「珍しいだろ。元々郭嘉殿と俺が飲みに行こうとしてた所に夏侯惇殿と夏侯淵殿が合流して、夏侯淵殿に引き寄せられた張郃殿も付いてきたってわけだ」
「夏侯淵殿に引き寄せられた張郃殿」
「私も将軍達と共に美酒を楽しみたいと思いまして」

 李典殿の話を聞いていたら早く座れと引っ張られそのまま押し込まれてしまい、張郃殿の隣になってしまった。張郃殿とは城で開く宴で少し話をするくらいであまり接点がない。あとは調練の話をするくらいで、世間話なんかしたことはほとんど無い。というか雰囲気が独特すぎて話しかけられてもびっくりして返答した後に逃げるように立ち去っていたから、会話も何もないんだった。

「ななし殿はこのお酒で大丈夫ですか?」
「あ、はい。ありがとうございます」

 店員が持ってきてくれた杯を受け取ると、張郃殿がすぐに注いでくれた。酒器を受け取ると、張郃殿も杯を差し出してくれたから酒を注いだ。一つ一つの動作が丁寧だ。流石に変わり者…いや、美しいもの好きなだけあって所作が美しい。私はここまで綺麗に行える自信はない。

「ななし殿、どうかしましたか?」
「い、いえ。失礼しました」
「ああ…これが噂に聞いていた飲みっぷりですね」

 誤魔化すように酒を煽って杯を空けたら、張郃殿がため息を漏らした。そのため息にちょっとだけ鳥肌が立ったのは内緒だ。満寵殿に助けを求めようと視線を送ったら、既に満寵殿は夏侯惇殿と夏侯淵殿と話に花が咲いていて見向きもしてくれなかった。これは諦めるしかないようだ。隣の李典殿も巻き込んでいくしかない。



 何とか李典殿を巻き込みながらもちょっとずつ張郃殿の言動に慣れてきた頃、李典殿が厠で席を外している時に夏侯惇殿が話しかけてきた。

「さすが満寵の部下だな。お前酔うことあるのか?」
「もちろんです。満寵殿みたく底なしではないので気を付けないと酔いますよ」
「満寵もだけど、お前らは酔ったらどうなるんだ?」
「普通ですよ。ただ眠くなって…」
「ななし殿は酔うととても可愛くなるよ」
「郭嘉お前ななしが酔っ払った姿見たことあんのか?」
「…郭嘉殿」

 急に隣に詰めてきた郭嘉殿を肘で小突いた。記憶のないあの夜の事を話されたら非常に困る。郭嘉殿は嘘は言わないけど、ちょっと誤解されやすい言い方をするから気が抜けないのだ。これ以上余計な事を言うなと意味も込めて笑顔で軽く睨んだら、満面の笑みで返された。軍師殿は笑顔で煽るのが特技なんだろうか。究極の選択だったけど、郭嘉殿から距離を置くためにちょっとだけ張郃殿の方に席を詰めた。そしたらすかさず郭嘉殿も詰めてきた。違うそうじゃない。あなたの為に席を詰めたわけではない。

「郭嘉殿、酔ったななしの話聞かせて下さいよー」
「うん、そうだね、何から話そうかな…」
「そんなにあるんですか?ななしの面白い話」

 厠から戻ってきた李典殿が郭嘉殿を押し込んで長椅子に入ってきたせいで、張郃殿と私と郭嘉殿の距離が更に縮まってしまった。もう密着状態だ。元々李典殿の座っていた所に郭嘉殿が割り込んできたんだから諦めて空いてる所に座ればいいのに。

「酔ったななし殿はとても饒舌になるよ。あの時は色々と話してくれたね」
「ななしお前郭嘉とは二人で飲みたくないって言ってたのに飲んだのか」
「夏侯淵殿、これには色々事情がございまして…」
「回らない舌で懸命に喋るななし殿はとても可愛かったよ」
「郭嘉殿、からかうのはやめて下さい!もうこの話は終わりです!」
「いや、終わらない!」
「李典殿…」

 完全に酔っている李典殿はよくわからない合いの手を入れ始めた。これは郭嘉殿並に面倒になってきたかもしれない。いっそのこと潰してしまった方がいいのではと思い酒器に手をかけた時、反対側で飲んでいた満寵殿が立ち上がってこちら側にやってきた。まさか満寵殿まで郭嘉殿の話を聞きたいとか言うのだろうかと酒器を抱えたまま見ていたら、郭嘉殿の前に座った。

「郭嘉殿、この前言っていた計略の件、考えて頂けましたか?」
「これから良いところなのに。満寵殿もななし殿の話聞きたいだろう?」
「私は以前聞いたので。それよりも、また新しいものを閃いたんですよ。忘れないうちに郭嘉殿に話しておきたいんですが」
「こうなった満寵殿は止められないからな。李典殿、申し訳ないけどまた今度話すよ」
「えー」
「えーじゃないです李典殿」

 満寵殿のおかげで流れが変わった。助けてくれたんだろうか…?本当に今新しい計略を思い付いたのかもしれないし、満寵殿の本心は読めない。だけど助かったことに変わりはないから、後でお礼を言わなくちゃ。
 郭嘉殿の前を失礼して李典殿の杯に酒を注いだら、文句を言いつつ飲み干した。ふらふらし始めたからもうちょっと頑張れば大人しくなるはず。それにしても満寵殿と郭嘉殿はこのまま話し始めてしまったけど、どうすればこの密着状態から抜けられるだろうか。正直狭くて酒も飲みづらいし料理も食べづらい。何よりも郭嘉殿とくっついているという事実が嫌だ。

「ななし、話が逸れたな」
「え?ああ、後で満寵殿にお礼言わなきゃいけませんね」
「満寵が庇いたくなるような酔い方したのか?」
「まあ…そうですね、実際のところ私はほとんど記憶なくて聞いた話でしか知らないのですが」
「酔うと記憶なくなるんだな」
「初めてです」
「まあ、郭嘉と二人で飲めばなあ…」

 同情に満ちた夏侯淵殿の顔を見て、やっぱり私はとんでもない人と飲んでしまったんだなと思った。本当に無事でよかった。色んな意味で。気付かれないよう小さくため息をついたら、張郃殿に抱えていた酒器を取られた。

「さ、ななし殿、杯が空いていますよ」
「あ、ありがとうございます…」

 何度目かの張郃殿の酌を頭を下げてから頂く。張郃殿がよく気付いてくれるおかげで杯が空になることはなく、常に酒で満たされている。だけど早く飲まなければいけないといった圧力は感じられないから、酔いはそんなに回らなかった。

「満寵殿は余程ななし殿の事が大切なんですね」
「はい!?」
「そうでなければわざわざ話を逸したりはしないでしょう」
「あ、いえ、それは自分の副将の失態はあまり晒したくないでしょうし…」
「それだけのようには見えませんけどね」
「満寵殿に限ってそんなことはないですよ…」

 夏侯淵殿から言われるならまだしも、まさか張郃殿にこのようなことを言われるなんて思ってもいなかったから変な声が出てしまった。でも夏侯淵殿もうんうんと頷きながら酒を飲んでいて、しんみりした雰囲気を出さないで欲しい。

「ななし殿、謙遜が美しい時もありますが、度が過ぎると美しくなくなりますよ」
「張郃殿…。私そこまで美しさにこだわっていないんですが…」

 判断基準を美しいか美しくないかで決められることなんて今までなかったから返答に困った。夏侯淵殿はまだ何かに浸っている様子だし、夏侯惇殿に視線を移したら、首を振られてしまった。誰か助けて。


20200623

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