満寵と遠乗りをする話
今日は満寵殿に誘われて隣街まで遠出をしている。事の発端は満寵殿のいつもの気晴らしだった。相当行き詰まっていたのか、何日間も執務室に籠もってずっと唸り声をあげていたから、気分転換してきたらどうですか?と声を掛けたところ、じゃあななし殿も一緒に、と返ってきた。すぐそこまでの散歩ならいいかなと思ったら、満寵殿は馬屋へ向かい、馬を二頭連れてきた。そんな大掛かりな息抜きになると思っていなかったけど、じゃあやっぱり行きませんと言うのもあれだと思い、馬に跨って満寵殿の後を追った。
「ななし殿、珍しいものがたくさんあるよ」
「満寵殿の好きそうなものがいっぱい…」
街が変われば売り物も変わるものだけと、隣街だというのにこんなにも雰囲気が変わるものなのだろうか。料理屋からは普段嗅いだことのない良い香りが漂い、市場には見慣れない物がずらりと並んでいる。満寵殿は目をきらきらさせて片っ端から市場を物色し始めた。
「私はしばらく市場を見ているから、ななし殿も気になるものがあるなら見てくるといいよ」
「わかりました。変な小道に入って迷わないように気をつけて下さいね」
城の付近でも探すのが大変なのに、慣れない街で行方不明になられたらたまったもんじゃないから灸を据えておいた。もちろんだよ、と返ってきたけど、意識は完全に市場の品物に行っていて、本当に大丈夫かなこの人という心配しか残らなかった。だけど私もちょっとだけ周りが気になっていたから、満寵殿は放っておいてさっき前を通った料理屋に行くことにした。
活気のある街の人は皆笑っていて、とても優しい。料理屋に並ぶ初めて見る食材や香辛料について片っ端から聞いてみたら、全て丁寧に答えてくれたし、試食もさせてくれた。使い勝手の良さそうな珍しい香辛料と美味しかった肉まんを後で食べる用に買ったら、更にこれも持っていけと包まれた料理をたくさん渡された。
「こんなに沢山頂けません…!」
「いいのよ。さっき一緒にいた殿方と一緒に食べなさい。良い人なんでしょう?」
「いえ、そういうのではないんですが…」
「あら、そうなの?じゃあ側から離れないことね。良さそうな身分の方だったから、ちゃんと狙いなさい」
「はは…」
優しいけれど、ここのおばさんはちょっと押しが強すぎる。叩かれた肩をさすりながら乾いた笑いしか出なかった。仕事で来ているわけでもないし、無礼なことを言っているわけでもないから満寵殿の名前を出すつもりはないけれど、身分を明かさないとこのように街に遊びに来た男女に見られてしまうのか。どこに行ってもこういう運命なのかとため息をついたら、そうだ、とおばさんが話を変えた。
「これから広場で曲芸をやるらしいから、見てきたらどう?」
「曲芸、ですか」
「この街の曲芸は凄いわよ。ほら、一緒に行ってらっしゃい!」
背中を押されて店の外に出た。確かに先程よりも人の流れが広場の方へと向いている。曲芸なんて殿に披露されたものをはるか遠くの方から見た記憶しかない。遠くで見ていても凄いなと思ったから、そんなものを間近で見れるなんてちょっと心が躍る。もし満寵殿も曲芸に興味があるなら一緒に見たいし、始まるまでに探しに行こう。さっき別れた市場にはいないと思うけど、とりあえずそっちの方に向かっていたら、何かを探すように歩いている満寵殿を見つけた。すぐに見つかってよかったと思い、小走りで駆け寄る。
「ななし殿。ちょうど探していたんだ」
「私もです。よかった変な小道に入っていなくて」
「興味深い所はたくさんあったよ」
そう答える満寵殿はやけに身軽だった。さっきの市場で抱えるくらいの量を買っていると思ったのに。よく見ていたらそんなに面白いものでもなかったんだろうか。これでは私の方が浮かれて買い物をした人みたいだ。
「随分身軽ですけど何も買わなかったんですか?」
「沢山買ったから一旦馬の所に置いてきた」
「ああ…」
確認したら、やっぱり買っていたみたいだ。一旦置きに行くなんてよほど買い込んだに違いない。後でこっそり選別しておこう。
「ななし殿も随分と買ったんだね。そんなにお腹空いていたのかい?」
「半分以上頂きものです。これ以外にもおばさんがたくさん試食させてくれたので結構お腹一杯なんですよね」
「こんなに貰ったのか。後でお礼を言わないとね」
満寵殿がいくつか持ってくれたから楽になった。自分では積み上げられない量をもらったから、一個でも落とすと拾えないし元の位置に戻せないという大変な体勢だったのだ。肩をほぐすように首を回すと、ぽきぽきと音が鳴った。思っていたよりも負担になる体勢だったらしい。
「満寵殿、これから広場の方で曲芸をやるみたいですよ。よかったら見ませんか?」
「曲芸?それは面白そうだね」
「この街の曲芸は凄いっておばさんが言ってました」
「へえ。曲芸なんてなかなか見られるものではないからね」
断られたら満寵殿には他で時間を潰してもらって一人で見に行くつもりだったけど、興味はあるみたいだ。よく考えたら曲芸なんて人間の限界芸みたいなもの、満寵殿が嫌いなわけないか。
満寵殿はお腹が空いていたのか、包みを開いて饅頭を食べ始めた。横目に見てみたら、桃色の饅頭を頬張っている。さっきの料理屋では肉まんは見たけど、桃まんもあったなんて知らなかった。仕込み中で店頭に並んでなくて、丁度良く蒸し上がったのかもしれない。桃まんも食べたいな、なんて考えながら見ていたら、満寵殿と目が合った。お腹一杯と言っておきながらまだ食い意地張ってると思われたくなかったから反射的に目を逸らした。
「この桃まん美味しいよ」
「でも他の物をたくさん食べたので…」
「じゃあ一口だけ食べてごらん」
すっと口元に桃まんを差し出された。思いっきり満寵殿の食べかけだけど…。でもここまで言われていらないですと言うのも逆に失礼だと思い、控えめに一口頂く。つもりだった。なぜか口に入れた時に満寵殿が手をすっと押してきて、予定以上の大きな一口になってしまった。
「ほら、まだ食べられるじゃないか」
「…!」
それは満寵殿が押し込んだから!と反論したかったけど、口の中の桃まんのせいで何も話せなかった。必死に目で訴えたら私の言いたいことが伝わったのか、笑いながら残りの桃まんを口に入れた。
20200816