満寵と蝶の話
窓を開けていると時々色々なものが入ってくる。花弁や落ち葉はよく入り込んでくるし、砂埃が酷いときは部屋がざらざらする。たまに鳥や猫といった珍客も現れる。あとよく入ってくるものといえば虫の類だろうか。大小様々なものが入り込んで来るし、危険なものでなければ放置して自然と外に出るのを待つ。危険なものが入ってきた時は…満寵殿に託している。本当なら満寵殿のお手を煩わせずに私がやるべきなんだけど、虫の苦手な私は役に立つどころか足を引っ張ってばかりだから、早いうちに満寵殿に託した方が効率が良いのだ。今日は少し眠くなってきた昼下りに、一匹の白い蝶が舞い込んできた。蝶はふわふわとその辺りを漂った後にまだその存在に気付いていない満寵殿の肩に止まった。羽を広げて休んでいるみたいだった。暫く見ていたら、書簡が仕上がったのか満寵殿は筆を置いて体勢を変えた。その折に蝶も飛び立った。
「あ」
「うん?どうかしたのかな?」
「蝶が止まってたんです」
「蝶?…ああ、本当だ」
満寵殿が振り返った所に丁度良く飛んでいた。ただその拍子に満寵殿の髪が当たりそうになって高い所へと行ってしまった。
「白い蝶か。かわいいね」
「ですね」
満寵殿はそっと手を上げて指を伸ばしたけど、蝶はもう止まるつもりはないらしくて満寵殿の周りをふわふわと飛んでいる。何となく同意してしまったけど、満寵殿に蝶が可愛いという感情があったことにちょっとだけ驚いている。まあでも今まで蝶について話したことなんてなかったから知らないだけで案外好きなのかもしれない。
「ななし殿はどんな蝶が好きなんだい?」
「蝶…ですか。考えたことなかったな…」
犬や猫だったら大きさや毛の色等で好みを答えられるけど、好きな蝶について考えたことはなかった。その辺りを飛んでいて、いつの間にかいなくなっているから、そこまで意識して見ることがなかったし。暫く考えて、思いついた蝶の特徴をこぼす。
「青い蝶いますよね」
「青と黒の蝶はいるね」
「あれは綺麗だなと思います」
「そうだね。あれはとても綺麗な蝶だ」
元々青は好きな色だ。その流れで思いついた蝶を言ってみた。普段意識しない蝶だけど、青い蝶が飛んでいると一瞬だけ目を引く時がある。たまに見かけるそれを思い返していたら、何故かある人物が浮かんできた。蝶かわいいなとほのぼのした気持ちが一瞬で消え失せた。
「ただ、蝶というと、何故か張郃殿を思い出すんですよね…」
「張郃殿か。ははっ、確かにそうだね」
蝶を象った装飾や柄の物をよく身につけているからだろうか。あと目の錯覚かもしれないけどたまに戦っている時に周りに蝶が見えることがある。色んな要素があって張郃殿と蝶が結びついてしまうのだ。
「じゃあ話題に出たついでにこれを張郃殿に渡してくれないかな」
「………はい」
「そんなに嫌そうな顔しない」
満寵殿から渋々書簡を受け取った。張郃殿は普通にしていれば紳士なのに何かの拍子に舞い降りてくるみたいで、その何かがわからないからこちらも注意できなくて困るのだ。今日は何事もなく普通に接せればいいんだけど。執務室を出るときに部屋を見渡したら、いつの間にか白い蝶はいなくなっていた。開いてる窓から出ていったのだろう。満寵殿も新しい書物を読み始めているから、いつもの光景に戻っていた。本当に何事もなく渡して終わればいいなと期待を込めて扉を締めた。
20200826