満寵に怪我を心配される話


 今朝の調練でやらかしてしまった。久々に楽進殿に手合わせを願い出て、良い感じに攻めていたのに、楽進殿の反撃に一瞬判断が鈍ってしまい、左肩に重い一撃を浴びてしまった。楽進殿はすぐに駆け寄って心配してくれたけど、私が勝手にやらかしただけだし、こんな怪我前の将軍の所にいた時は日常茶飯事だったから大丈夫ですとだけ答えておいた。だけどちょっと強がっていた部分もあり、調練終わった後にずっと肩を冷やしていたけど、痛みは全然引かず、腫れも酷くなってきた。幸い利き手側じゃなかったから執務にはあまり影響はないと思っていたけど、止まらない鈍痛が気になって仕方がなかった。あと腫れた部分が熱を持って熱くなってきた。満寵殿には怪我した部分の手当で執務を止める許しを頂いているから、氷が溶けたり布がびしょびしょになってきたら席を外して奥の部屋で取り替えていた。古い布を外し、乾いた布で身体を拭いて新しい布と氷を待っていたら、満寵殿の声が聞こえてきた。

「ななし殿、新しい氷と布を持ってきたよ。入ってもいいかい?」

 服を半分脱いでいたから、慌てて服を着てからどうぞと答える。氷と布の入った桶を抱えた満寵殿は入口付近で止まることなくこちらまでやってきた。桶を受け取ったら戻るかと思ったけど、そのまま左側に座った。

「怪我の具合はどうだい?」
「腫れは中々引かないですけど、動かせるので折れてはないと思います」
「そうか。よかった」
「仕事を途中で止めてしまってすみません」
「それは平気だよ。ああそうだ、楽進殿が見舞いに来ているよ」
「楽進殿が…。何だか申し訳ないですね…」
「手当中だからと待ってもらっているから、早く新しいのに取り替えようか」

 新しいのに取り替えたいのは山々だけど、氷を持ってきてくれた女官に手伝ってもらっていたから、今手伝ってもらえる人がいなくて困惑している。位置が位置だから一人できつく縛るのは難しいし。でも楽進殿を待たせるわけにもいかないから、一人でやるしかないか。服を脱ぐから満寵殿に席を外してもらおうと口を開いた時、満寵殿が氷と布の準備を始めた。

「満寵殿、大丈夫ですよ。一人でやりますから」
「その位置だと難しいだろう。腕を出して」
「え、いや…それは…」

 位置が位置だから、服を脱がないと患部に当てられない。だけどさすがに満寵殿の前でまだ服は脱ぎたくない。全部脱ぐわけじゃないけど、肌を見せるのにまだ抵抗はある。不慮の事故を除いて肌を晒したことなどなかったから。私が躊躇っていたら、痺れを切らした満寵殿が手にそっと触れた。

「ななし殿が嫌がる気持ちもわかるけど、せっかく来てくれた楽進殿を待たせるわけにはいかないだろう?」
「…そうですね」

 こう言われてしまっては脱ぐしかない。大丈夫、下着もつけているし、さらしも巻いている。釦を外して袖から腕を抜き取り、左腕を満寵殿に差し出した。できるだけ見えないように胸元の服を右手で押さえる。満寵殿は腕を取ると、そっと患部に触れた。氷で冷えていた指が熱を持った部分に触れ、びっくりして腕を引きそうになる。

「ああごめんね。痛かったかい?」
「いえ、満寵殿の指が冷たかったので…」
「痛くなかったなら良かったよ」
「大丈夫です」
「思っていた以上に腫れているね」

 時間が経って内出血が出てきたのか、腫れに加えて紫色に変色していた。切り傷とかじゃないから痕にならないと思うけど、暫くの間元の色には戻らないだろう。こんな汚い腕を見て引かれないだろうか。どこをどう見ても女の腕じゃない。筋肉で筋張り怪我で変色し、よく見ると古傷の痕がたくさんあるこんな腕の女、初めて見るだろう。前に母に言われた言葉を思い出す。こんな傷を作って将軍は何と言っているのと。あの時は肌を見せる関係じゃなかったから関係ないと言い切れたけど、今はどうだろうか。何か言われるのが怖くて目を合わせられず、顔を背けた。

「きつめに縛るから痛かったら言ってね」

 満寵殿は何も触れずに淡々と布を巻き始めた。この醜い身体について何も触れないでほしい。だけど何も言われないのも怖いから何かしら言ってほしい。対象的な気持ちがぐるぐるして変な気分になっていた時、満寵殿が布をぎゅっと縛り、それが傷に響いて声が漏れてしまった。

「はい、これで終わり。よく頑張ったね」
「ありがとうございました…」

 ぽんぽんと手を叩いて終わりを教えてくれたけど、縛った時の衝撃が暫く残って左半身がじんじんとしていた。痛みが引いてから服を着直そうと下を向いて耐えていたけど、満寵殿はなかなか手を離してくれなかった。少しだけ目線を上げたら、今朝の傷痕とは違う所を見ているのに気が付いた。反射的に腕を引こうとしたけど、痛みで力が入らなかった。そんなにまじまじと見ないでほしい。

「満寵殿、まだ何か…?」
「ななし殿、この傷痕は?」
「…これは今までの戦だったり、調練の時の傷です」

 そう言うと満寵殿は黙ってしまった。やっぱり気持ち悪かっただろうか。女の腕にこんな傷痕があるのは。だけどどう思われようともこの傷痕が消えることはないから、どうしようもできない。そう思ったら勝手に一人で泣きそうになってしまった。満寵殿はその傷痕に触れた後、こう続けた。

「これはななし殿の努力の跡だよ。今までよく頑張ってきたね」

 予想外の言葉に驚いてしまった。気味悪がられるか同情されることはあっても、褒められたことなど一度もなかったから。ただ今までやってきた事を認めてもらえたような気がした。どうしてこの人はいつも欲しい言葉をくれるのだろうか。凄く嬉しいのに、この感情を伝えるのは何だか照れくさくて何も言えずに俯いていたら、何を思ったのか満寵殿が顔を寄せ、あろうことかその部分に唇で触れてきた。心臓が一瞬止まりかけた。だけど満寵殿は私の動揺など気にもせず、傷痕に舌を這わせてきた。

「あっ、」

 傷に近い場所だから痛いはずなのに、くすぐったいような、背中がぞわっとした。同時に声が漏れてしまう。自分の声にびっくりして反対の手で口元を押さえる。胸元の服が広がってしまったけど、それどころじゃない。だけど満寵殿は腕を離してくれなかった。何となくこれ以上はまずいと思い、痛みを堪えて腕を引いた。

「あの、楽進殿が……」
「そうだね」

 満寵殿は何事もなかったかのように濡れた布を桶に入れて立ち上がった。私の心臓は煩いくらい早く動いているのに、満寵殿はいつも通りの笑顔で振り返った。

「楽進殿にはもうすぐ来るよと伝えておくから、急いで準備してね」
「はい…」

 扉が閉まるのを確認して、椅子に手をついて大きく息を吐いた。緊張と動揺と恥ずかしさと色んな感情が混ざり合い上手く息ができていなくて、呼吸を整えるのに必死だった。待たせている楽進殿には悪いけど、すぐに誰かに会えるような気分じゃない。左腕に触れたら、さっきよりも酷く熱く感じる。これはもう傷だけのせいじゃないだろう。満寵殿はどういう気持ちであんなことをしたのかわからないけど、もし楽進殿がいなかったら、と思うと、深呼吸でちょっとだけ落ち着いてきた心臓がまた早くなってきた。


20200908

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