満寵が迎えに来てくれる話
話を終えて窓の外を見やったら、まだ雨は止んでいなかった。むしろここに着いた時よりも強くなっている気がする。先方にばれないように小さくため息をついた。朝から雲行きが怪しかったのに、急いで城を出てきた為、傘を忘れてしまったのだ。屋敷に着いた直後から降り始めて、話している最中はかなり強まっていた。その時に比べれば雨脚は弱くなったけど、傘なしで歩けば城に着く頃にはずぶ濡れになっているだろう。どうしたものかと書簡をまとめながら考えていたら、先方が声をかけて下さった。
「まだ降っていますね」
「そうですね…」
「落ち着くまでここにいて大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
雨宿りさせてもらえるのは嬉しいけど、早く城に戻って進めたい仕事もあるし、ちょっと待ったところで止みそうな感じではない。下手したら夜まで降り続きそうだから、地面が歩けなくなる程ぬかるむ前に戻ったほうがいいかもしれない。書簡をまとめ終えた時、別の来客があったのか、女官の声がした。こんな雨の中大変だなと思っていたら、女官が先方の所にやってきた。
「ご主人様、満寵様がお見えです」
「えっ、満寵殿が?」
私に声をかけたわけではないのに、驚いて反応してしまった。口元を押さえて頭を下げる。満寵殿に頼まれた用事だったから、何か伝え忘れたことでもあったのだろうか。女官はちらっと私の方を見ると、さらにこう続けた。
「雨が降ってきたからななし様のお迎えに来たそうです」
「ななし殿の為か。大切にされていますな」
「いえ…そんな…」
雨が降ってきただけで迎えに来るなんて、まさかそんな、という気持ちだったけど、女官が冗談を言うわけないから本当なんだろう。先方はあまり城に来ないから満寵殿と私の関係について何も疑いなく部下を心配した上官という風に映っているのだろう。急いで表に向かうと、傘を二本だけ持った満寵殿が立っていた。傘以外持ち物がないから、本当に迎えに来ただけのようだ。足元の汚れを見て、申し訳ない気持ちと女官の洗い物が増える…という気持ちが混ざり合った。先に心の中で女官に謝り、目の前の満寵殿に頭を下げた。
「わざわざありがとうございます。お手を煩わせてしまってすみません」
「いや、私も行き詰まっていた所だったから気分転換ついでだよ」
満寵殿は先方に挨拶し、屋敷を出て傘を広げた。私は満寵殿の持っていた傘を受け取ろうと手を伸ばしたら、その手を掴まれて引かれた。まさか引っ張られると思っていなかったから体勢を崩し、少し満寵殿にぶつかってしまった。
「傘を持ってきたんだけど、一本壊れていたんだ。歩き辛いかもしれないけど、この傘を一緒に使おう」
「そうだったんですね。それならば持ちます」
「いや、ななし殿が持つと腕が疲れると思うよ」
「大丈夫です」
満寵殿から半ば強引に傘を奪い、満寵殿寄りに傘を差し直した。満寵殿の背に合わせると、腕を中途半端な高さで保たなければいけなくて、少し経っただけで腕がぷるぷるしてきた。満寵殿は言っていた疲れるというのはこのことだろう。満寵殿は私から傘を取ろうと手を伸ばしてきたから、私は取られまいと少し抵抗した。
「私の背に合わせると辛いだろう」
「あっ」
抵抗も虚しく、腰に腕を回されてあっさりと取り返されてしまった。これ以上攻防を続けても帰るのが遅くなるし濡れるし服も汚れてしまうから諦めて大人しく隣を歩くことにした。
ぬかるみに気を付けて歩くからいつもよりも速度が遅くなる分、色んなことを話せた。本当は仕事をしている時間なのに、仕事関係ない話を満寵とゆっくりとできるのがちょっと嬉しかった。最近満寵殿は忙しそうだったから、酒を飲んだりゆっくりと話す時間を取れなかった。欲を言えば店や満寵殿の屋敷で美味しい酒を飲みながらゆっくりと過ごしたいけど、それはもう少し先になりそうだ。その時にふと頭を過ぎった。満寵殿との距離は少しだけ縮まったけど、いつもと同じ日々を過ごしている。変わったことなど特になかった。ずっとこのままなのだろうか…。立場を思えば満寵殿が大切に思ってくれているだけですごく幸せなはずなのに、もっとこうしてほしい、もっとこうしたいと欲が生まれてしまう。少し触れるだけなら大丈夫かな…。そう葛藤をした後、そっと手を伸ばし、指先だけ腕に触れた。満寵殿は少し驚いた様子だったけど、私は手を伸ばすのが精一杯で、どんな顔をしていたのかまでは見れなかった。満寵殿は少し腕を広げてくれたから、そのまま腕を絡めた。雨のせいで少し肌寒いはずなのに、顔だけすごく熱かった。
「雨、止みませんね」
「でも、止んだら夜には綺麗な月が見えるかもね」
満寵殿がそう言ってくれるなら、もし今夜月が見えたら、少しだけ仕事の手を止めて一緒に見てくれるだろうか。月を見て楽しむという柄じゃないけど、二人で見る月は一人で見る月よりも温かく感じるかもしれない。夜には雨が止んでいてほしいけど、今はまだこうしていたいから、もうちょっとだけ降っていてほしい。そう思いながら、満寵殿の肩に頬を寄せた。
20201005