満寵と迷子の子供を保護する話


 満寵殿は民から好かれている。街に出ると必ず声をかけられるし、お店の人からはよく品物を渡されている。満寵殿も時間に追われている時以外は丁寧に話を聞いているから、どんどん周りに人が集まってきてなかなか先へ進めないでいる。でも民と将軍の距離が近いのは、私の思う将軍のあるべき姿だと思うから、満寵殿にはずっとこのままでいてほしい。満寵殿が商人と話している間、何となく周りを見回していたら、小さな女の子が一人で突っ立っていた。近くに親らしき人は見当たらない。人通りは多いし馬車も通る大きな道だから、危険だと思ってその子に近づいた。

「君、お父さんかお母さんは?」

 怖がらせないようにしゃがんで目線を合わせて声をかけた。返事はなかったけど、女の子は小さく首を横に振った。ちゃんと服を着ているから孤児とかではなさそうだ。そうなると、ただの迷子なのかもしれない。

「はぐれちゃったの?」

 そう聞くと、小さくこくんと頷いた。声を出さないのは、口をぎゅっと閉じているからだろう。少しだけ目が赤いから、泣くのを我慢しているのか、泣いた後のどちらかなのかもしれない。服に皺ができるくらい強く握っていて、まだまだ幼いのにとても我慢強い子のようだ。

「お名前は?」
「……鈴」
「鈴ちゃん。一緒にお父さんとお母さん探そうか」

 鈴ちゃんはまた小さく頷いた。手を出すと、掴んでいた服を離して私の手を握った。手はとても熱くて、どれだけ力を入れていたのかが伝わってくる。とりあえず満寵殿にも伝えなきゃと思い、鈴ちゃんの手を引いて満寵殿の元に戻った。まだ商人と話していたけど、私と小さな子供を見ると、話を中断して私と向き合った。

「その子供は?」
「迷子です」
「ああ、それは可哀想に」

 満寵殿は膝に手をついて屈み、鈴ちゃんに目線を合わせる。鈴ちゃんはびくっとなって一歩引いたけど、私もしゃがんで鈴ちゃんの肩に触れ、このお方は大丈夫だよと言って安心させた。

「鈴ちゃんと言うそうです」
「鈴ちゃんだね。私達と一緒にご両親を探そうか。大丈夫、絶対に見つかるよ」

 満寵殿の優しい口調に安心したのか、私の手をぎゅっと握りながらこくんと頷いた。横で聞いていた商人も協力してくれるとのことで、商人と私達とで分かれて鈴ちゃんのご両親を探すことにした。

 人の多い所で鈴ちゃんのご両親の名前を叫び、時々鈴ちゃんの名前も叫びながら歩いて回ったけど、なかなか見つからない。人の多い街だから、この中から探すのはかなり大変なようだ。きっとご両親も探しているだろうから、もしかしたら行き違っているのかもしれない。それでも暗くなるにはまだまだ時間があるから、根気よく探すしかないだろう。大通りの隣の小道を歩いていたら、鈴ちゃんの手を引いている腕がかくんと引かれた。振り返ると、鈴ちゃんがしゃがんでいた。

「…もう歩けない」

 鈴ちゃんの弱々しい声で初めて鈴ちゃんが疲れ果てていることに気付いた。自分達はまだまだ体を動かせるけど、こんなに小さな子供が私達と合う前から一人で歩き回っていたのだから、くたくたになるのも当たり前だろう。前に満寵殿の親戚の子供と外に出た時も最後は疲れて眠ってしまっていたのに、どうして気付いてあげられなかったのだろうか。少しだけ自己嫌悪に陥った後、鈴ちゃんを抱き上げようと思って手を伸ばした時、満寵殿の手が私の肩にそっと触れた。振り返ると、満寵殿が微笑んで鈴ちゃんの前にしゃがんだ。

「私の肩に乗るかい?高い所から探した方が見つかるかもしれないよ」

 鈴ちゃんは目をきらきらさせながら、大きく頷いた。確かに背の高い満寵殿の肩に乗せたら、相当目立つ。鈴ちゃんも見やすいし、ご両親も見つけやすくなるかもしれない。満寵殿は鈴ちゃんを抱き上げて肩に乗せ、立ち上がった。

「……めちゃくちゃ目立ちますね」
「ははっ、そうだろう。これで絶対に見つかるよ」

 満寵殿の肩に乗った鈴ちゃんは思った以上に大きくて、とてつもない圧迫感があった。高すぎて鈴ちゃんは怖がっていないか心配になったけど、いつもと違う視界に興奮しているのか、満寵殿の服を掴んだままきょろきょろと周りを見渡している。

「すごい、高い!」
「危ないからしっかりと掴まっているんだよ」
「うん!」

 満寵殿は落ちないように鈴ちゃんの足をしっかりと掴んだ。そのまま大通りへ戻ると、やはり目立つせいか、通行人の視線が一気に集まった。満寵殿はその視線を気にも留めずに先を歩くし、鈴ちゃんも楽しそうに笑っている。ご両親が遠くに行っていなければ、絶対に見つけてもらえるだろう。
だけど、暫く大通りを歩き回ったけど、やっぱりご両親は見つからない。鈴ちゃんも先程よりは高い景色に飽きてきたのか、次は満寵殿の髪をいじり始めた。あちこちに跳ねている毛を時折強く引いているから、痛いという満寵殿の短い悲鳴が何度か聞こえてきた。鈴ちゃんの手が髪留めにかかった時、嫌な予感がした。

「あ」

 止める間もなく、鈴ちゃんは髪留めの簪を引き抜いた。満寵殿の髪がばさっと解けて、一瞬何が起こったのかわっていない満寵殿がうわっと声を上げていたけど、すぐに髪留めを取られたと把握したようだ。

「はは、参ったな。まさか髪留めを取られるとは思わなかったよ」

 鈴ちゃんは物珍しそうに髪留めを眺めている。この年の女の子からしたら見慣れない物だし、金属で光っているせいか随分と興味があるようだ。髪留めと簪を両手に持っていて体勢が少し不安定だったから、簪の方を貰おうと手を伸ばした。

「鈴ちゃん、その簪ちょうだい」
「や!」

 余程気に入ったのか、頑なに渡そうとしなかった。いくら満寵殿が足を支えているといっても、こうもぐらぐらされてしまうとこちらも落ち着かない。

「ななし殿、私はこのままで平気だよ」
「鈴ちゃんにはしっかりと掴まっていてもらいたいのと、抜くときの勢いが凄かったので、その勢いで簪振り回したら満寵殿に刺さりますよ」
「それは…遠慮したいかな」

 満寵殿が刺されるのから守るためにも、できる限り鈴ちゃんに優しく声をかけた。鈴ちゃんはまだじっくりと髪留めと簪を見ている。

「ねえ鈴ちゃん、私もその綺麗な髪留め見たいな」
「見たいの…?」
「うん。できればぴかぴかの簪の方を見たいんだけどな」
「うーん。いいよ!」
「ありがとう」

 先程と違い、鈴ちゃんは笑顔で渡してくれた。すぐに返してくれたことにほっとして、失くさないように懐に入れておいた。その時、鈴ちゃんの名前を呼ぶ大きな声がした。その声を聞いた鈴ちゃんは大きく振り返ると、大きな声でお母さん!と叫んだ。満寵殿は鈴ちゃんを肩から下ろすと、鈴ちゃんは母親の元へ走っていき、そのまま胸に飛び込んだ。母親は涙を浮かべながら泣きじゃくる鈴ちゃんをしっかりと抱きしめた。無事に見つかってよかったとほっとして満寵殿を見上げたら、目が合った。満寵殿もほっとした様子で、安堵の表情を浮かべていた。鈴ちゃん親子に近づくと、母親が鈴ちゃんを抱えながら頭を下げた。

「将軍様、本当にありがとうございます!」

 満寵殿は額を地面に擦り付けるように何度もお礼を言う母親の肩に触れると、体を起こして顔を上げさせ、いつもの笑みを浮かべて言葉を続けた。

「無事に見つかってよかった。これでもう安心だね」

 続けて鈴ちゃんの頭を撫でると、鈴ちゃんも満面の笑みでありがとうと言った。ようやく落ち着いてきたのか、母親が鈴ちゃんの手に握られた髪留めを指差して、これはどうしたの?と聞いている。その前に一瞬満寵殿の髪を見ていたから、満寵殿の物だと気付いたのだろう。鈴ちゃんはぎゅっとそれを握りしめていて、それを見ていた満寵殿は鈴ちゃんが答える前に口を開いた。

「それは鈴ちゃんにあげるよ」
「えっ」
「ななし殿、さっきの簪も渡してあげて」

 予想外の言葉に、一瞬だけ思考が止まった。だけどすぐに懐に手を入れて、簪を鈴ちゃんに手渡した。

「鈴ちゃんはそれを大層気に入っている様子だったからね」
「娘を見つけてもらった上にこんな高価な物受け取れません…!」
「大丈夫、大したものではないし、よくそれを無くすからたくさん持っているんだ」

 しっかりと握られている髪留めと満寵殿の言葉に戸惑う母親は私の方を見上げた。私は一度だけ大きく頷くと、母親はもう一度大きく頭を下げた。

「じゃあ私達はそろそろ城へ戻ろうか」
「そうですね」

 鈴ちゃんに手を振ろうとしたら、鈴ちゃんが何か言いたげに満寵殿を見上げている。満寵殿の袖を少し引いて、鈴ちゃんが見ていますよ、と小声で言ったら、満寵殿はもう一度しゃがんで鈴ちゃんの目線に合わせた。鈴ちゃんは何も言わなかったけど、満寵殿に思い切り抱きついた。咄嗟の出来事に満寵殿は少し驚いていたけど、腕を回して背中をぽんぽんと優しく叩いた。もしかしてこれは満寵殿が鈴ちゃんの初恋を奪っちゃったのではと思い、にやけそうになる顔を必死に抑えていたら、次に鈴ちゃんは私を見上げた。すぐに反応しなかった私にちょっと不服そうな顔をして腕を伸ばしたから、慌ててしゃがむと、首元にぎゅっと抱きついた。あまりの可愛さに思い切り抱きしめてしまったけど、鈴ちゃんは笑っていたから大丈夫だろう。
 反対側を探しているという父親の元に戻るため、大通りの向こう側に歩いていく鈴ちゃん親子の姿が見えなくなるまで見送った。というのも、鈴ちゃんが何度も振り返って手を振るから、引き返せなかっただけなんだけど。曲がり角を曲がったのを見届けて、今度こそ城に戻ることにした。予定よりもかなり遅い帰りになってしまったけど、鈴ちゃん家族の笑顔を思えば溜まりに溜まった竹簡の山にも頑張って挑めるだろう。

「男の子がかわいいと思っていたけど、女の子もかわいいものだね」
「そうですね。鈴ちゃんは慣れるのも早かったですしね」
「参ったな。これは将来娘も欲しくなるな」
「ただ、娘だといつか嫁に出さなきゃいけなくなりますよ」
「それは困るな。嫁には行かずにずっと側にいてほしいものだ」

 満寵殿は苦い顔をしているけど、まだ生まれもしない娘のことを思った所で何ともならないだろう。ただ、満寵殿の親戚の子供を見た時も似たような話をしたけど、あの時とは違って私も娘が欲しいと思ってしまった。満寵殿との子供のことを自然と考えてしまったのだ。その事に途中で気付いて焦ってしまったけど、今の所満寵殿にはその焦りは伝わってなさそうだ。
 告白された時のことを思い出した。その時は副官としてずっと支えたい気持ちと嫁になるということがせめぎ合って答えが出なかったし、満寵殿もその答えを望んでいるわけではなかった。けど、今回の出来事を思うと、満寵殿に嫁ぎたいという気持ちも強くなってきているのは確かだった。というのも、仮に私が一生副官として満寵殿を支えると決めたら、満寵殿は別の人と結婚し、その人と幸せな家族を築くことになるだろう。別の人と幸せそうにしている満寵殿のことを側で見るなんて、絶対にできない。そうなると、私が満寵殿に嫁ぐのが一番心穏やかにいられる選択なのだ。もちろん私程度の家柄で満寵殿に嫁ぐことができればの話だけど。ずっと悩んでいた答えが自分の中で少しだけ傾いてきたけど、やっぱりどちらが正しい答えなのかはまだわからない。

「ななし殿、急に難しい顔をしてどうしたんだい?」
「いえ、何でもないですよ」

 急に顔を覗き込んできた満寵殿に驚いたけど、すぐに笑顔を作って誤魔化した。満寵殿のことだからこの作り笑顔にすぐ気付くと思うけど、知らないふりをして先を歩いた。


20210718

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