F依存・うたたね・極夜


 ななしがいなくなってから一年以上が経った。あれから文が届く度にくまなく確認をするけど、いつも「見つからない」という知らせばかりだった。文の中にももしかしたらななしからの物が含まれているかもしれないと期待をしても、届くのは家族のもの以外はほとんど執務に関するものばかり。屋敷からの手紙も最初の頃は頻繁に届いたものの、近頃は届く頻度が減ってきている。その様子から家族がもう諦め始めているのが伝わってきた。私も最初の方こそ時間ができたら屋敷へ戻って近辺を探していたけど、何も手がかりは見つからず、最近は情勢が変わり帰郷すらままならない状態だった。探しに行きたいのに時間が取れない。それがかなりの心労になり、本調子になれない日々が続いていた。
 懐から手巾を取り出し、眺める。文にはこれで汚れを拭うようにと書いてあったけど、ななしが残した唯一のものを使う気にはなれず、常に懐に入れて持ち歩いていた。喪失感を紛らわせる為にこうして眺めても、会えないという寂しさが募っていくばかりだ。会えない日々なんて屋敷を出て官府で働き始めてからいくらでもあったのに、行方がわからず、安否もわからないということがどれだけ不安なことなのかを思い知った。
 手巾といえば、街の店を見ている時に女性好きの同僚がこんなことを言っていた。

「手巾は綺麗だけれど、贈り物にするのはあまり良くないよ。悲しい時に涙を拭うもの、つまり悲しみを招くような贈り物をしてしまうということだからね」

 その時の私は別の物に気を取られていたから真剣に聞いてはいなかったけど、同僚の言っていたこの部分だけよく覚えている。その後に「私の為に流してくれた涙は私がこの手で拭ってあげたいんだ」と話を続けたから私の意識がまた別の物へと移り、その後何を話していたのかはもう覚えていない。
 ななしがそんなことを考えてこれを用意したとは思わないけど、結果的に私にとって良くない状況になってしまったのは事実だ。同僚の言っていたことは一理あるのかもしれない。


 調子が良くない日々が続くと、身体が休めと合図するのか、うたたねをしてしまう回数が増えた。ゆっくりと時間の取れる夜に読み進めたい書物があるのに、少し読み始めると眠くなってしまう。夜だから眠ればいいのかもしれないけど、寝る時間が惜しいと思ってしまうのだ。今日はそれでもいくつかの書物を読み進めることができた。この調子ならもっと先まで読めるだろうと思って新たな書物を読み始めたけど、すぐに瞼が重くなってきた。やはり今日はここまでにしよう。書物を奥へと追いやり、机の上に突っ伏す。こんな環境でもすぐに眠れるのは、調子が良いと感じていても、自分が思っていた以上に負担がかかっている証拠なのだろう。今日もすぐに浅い眠りへと落ちていった。


 ななしが隣にいた。私はななしに築城や理想の計略の話をしている。ずっと話していると他人には飽きられるような私の話でも、ななしは笑って聞いてくれた。これが夢だとわかっていても、ななしと共に過ごせるだけで嬉しかった。話したい事を一通り話し終えた後、ななしに疑問をぶつける。

「ななし、どうして君はいなくなってしまったんだ?」

 ななしの夢を見る度に問いかけるけど、いつも返事はない。悲しそうに笑っているだけだった。そんな表情をしてほしくなくて手を伸ばしても、絶対に触れることができない。届きそうで届かないもどかしさに苛立ちを覚える。いつも通りそこで夢は終わり、目が覚める。
 ななしの夢を見る時は決まって浅い眠りの時で、夢の内容が内容なだけに全く休んだ気にならない。ななしがいなくなってから、ななしの夢を数え切れない程見てきた。ななしが小さい頃は私のあとばかりついていたけど、今は私がななしの事を諦めきれずに追い続けている。「妹」と言い続けていたけど、ここまでななしに依存している様子を客観的に見れば、ただの「妹」という存在ではなかったことくらい明白だ。本当に妹であるならば、未だに夢に見るほど引きずることはないだろう。
 空が白んできたから、もうじき日が昇りそうだ。遥か西の方から伝わる話の中に、夜が明けない日が続く不思議な期間があると読んだことがある。その状態を極夜と言うらしい。今の私の心情を表しているようだ。夜は明けても、私の心が晴れやかな気持ちになることはない。ずっと続いている極夜を、一人で過ごす一日がまた始まろうとしていた。


20220325

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