朱然×ヨコハマ×海がみたくて
「本当にごめんな」
「大丈夫だよ。気にしないで」
「でも、久しぶりに休みが合ったのに、こんな事になっちまって…」
項垂れている朱然の手をぽんと叩く。朱然は顔を上げずに、大きなため息をついた。
今日は久しぶりに二人の休みが重なったから出掛ける予定でいた。だけどそれは叶わなかった。朱然の家の近くに住み、それなりに仲の良い朱然のいとこが、夏休みの宿題が終わらなくて朱然に泣きついてきたようだった。最初は朱然も断ってくれたみたいだったけど、文字通り本当に泣きながら懇願してきたらしく、いとこをかわいがっている朱然はそれにやられたようで、約束を延期してもいいかという連絡が前日に来た。さすがに前日にその連絡が来て、しかも原因はそのいとこが宿題をほったらかしにしていたせいという話を聞いて頭にきたけど、いとこには何度も会ったことがあって私にも懐いてくれている良い子だったし、何よりも面倒見の良い朱然がここまで聞いて知らないふりをするなんてできないってわかっていたから、許すことにした。ただし会う約束がなくなるのは嫌だったから、私も一緒に宿題の手伝いをすることにしたのだ。
「お前が手伝ってくれて本当に助かった。俺達二人だけだったら、徹夜しても間に合わなかったかもな」
「あんなにあると思わなかったよね」
「ああ、来年受験生になるから、こんなんじゃだめだぞって改めて言っておく」
朱然はビールを飲み干した後、店員さんを呼び止めてエルディアブロとかいう禍々しい名前のカクテルを注文した。そのカクテルが気になって仕方がなかったけど、私もそろそろお酒がなくなりそうだったからメニューをパラパラとめくって目についたカクテルを適当に頼んだ。
程なくして店員さんが2つのお酒を運んできた。真っ赤な方が朱然の頼んだエルディアブロで、ショートグラスに入ったオレンジ色のカクテルは私が頼んだものらしい。朱然は私が頼んだカクテルに興味があるらしく、私よりもじっくりと眺めている。
「これがヨコハマってカクテルなんだな。どんな味がするんだ?」
「さあ。気になったやつを頼んだから、初めて飲むんだよね」
ショートグラスで飲む綺麗な色のカクテルに胸を躍らせながら一口含むと、少しの甘さを感じた後に焼けるようなアルコールの味が広がった。
「うわっ、強…!」
慌ててお冷をがぶ飲みして口内のアルコール度数を下げる。最初に甘く感じたから美味しいと感じたけど、その後に来る強烈なアルコールの味で美味しいという感覚が一気に消え去った。不味くはないけど、強いお酒を飲み慣れていないせいで、あの焼けるような感覚に全てを持っていかれてしまった。私の反応を見た朱然が一口貰ってもいいかと聞いてきたから、無言で何度も頷く。一口と言わずに全部飲んでほしくて、グラスを朱然に押し付けた。
「ああ、これは強いな…!口の中が燃えるようだ…!」
朱然はそう言っているけど、私ほどダメージを食らっていないようで、続けてもう一口飲んでいる。
「お洒落な名前だなって思ったのに、まさかこんなに可愛くない味がするとは思わなかった…」
「じゃあ俺のと交換するか。俺これ飲めるから」
「その禍々しい名前のカクテル飲めたら交換してもらおうかな」
朱然の前にあるエルディアブロを手に取って飲んでみると、名前の禍々しさに比べてすっきり爽やかな味わいが優しく広がった。ヨコハマとは大違いだ。
「…これ美味しいね」
「だろ!先輩が俺に合いそうなカクテルを教えてくれたんだ」
「朱然、赤好きだしね」
確かに朱然っぽいようなカクテルではあるけど、言動には気をつけてほしい。一歩間違えれば厨二病みたく見えてしまうから。
朱然にカクテルを交換してもらい、私はエルディアブロを少しずつ飲んでいる。朱然はヨコハマを気に入ったらしく、もう半分以下になっている。ヨコハマという名前を思い浮かべて、次に思い浮かんだのは海だった。
「海、行きたいね」
「何で急に海なんだ?」
「え?横浜って言ったら海じゃない?」
「横浜は中華街だろう?神奈川の海は湘南じゃないか?」
「そっか…。うん、いや、海が見られればどこでもいいや」
「じゃあ次の休みに海に行くのは決定だな」
次に合う休みがいつかわからないし、次に出かける時は涼しくなっているかもしれないけど、朱然は約束をしたら絶対に守ってくれる人だから、次は絶対に海に連れて行ってくれる。太陽みたいな笑顔を浮かべる朱然につられて私も口元が緩んだ。
20210831