ヘンリー・ジキル


バレンタインイベントのネタバレが含まれます。


バレンタインというイベントの盛り上がりも去った今日この頃、カルデアもだいぶ落ち着きを取り戻している。スタッフもサーヴァントも分け隔てなく各々が想いを伝えあったあの日がほんの少し心惜しい。

大半のサーヴァントにとって、その日は大切な人に感謝を伝える日であった。誰かがそう説明したのだろうその認識はその意味のまま広まり、彼――ヘンリー・ジキルにとってもまた変わらぬものとなっていた。


「はあ……」


物腰穏やかで、誰とでも平等に接する事の出来る彼は、ここカルデアでも人気サーヴァントの一人だ。自分・ ・を認めているからこそ真摯であり、真面目で、それでいて相手の話もちゃんと向き合って聞いてくれる。博識な一面と、新しい発見には敏感な少年心を併せ持つ一面とがまた人気を高ぶらせており、女性スタッフの中には何かしら口実を作り二人で話をしようとする者まで居るとかなんとか。気持ちは分かる。例えそこにロマンはなくとも、二人っきりになれるなら。


(我が儘、なのかな……)


そういった彼のここでの生活は知っていたし、マスターとして彼が皆と打ち解けてくれたのは安心したし、評判なのも嬉しいものであった。

だけどあの日。バレンタインの日に、彼が沢山のチョコレートを貰っていて。そのお礼としてライスボールを皆に配っていたのを見て――心境が一変した。彼が貰ったというチョコレートの中には、本命だと分かるものもあった。


(ヘンリーは、知らないもんね……)


そう、彼は知らない。彼にとってバレンタインとは、感謝を伝える日でしかない。誰かが渡しただろう本命チョコも、きっと丁寧な梱包をしてある一つとしか見ていないだろう。あげた相手も、彼からのライスボールというお返しを貰えただけできっと幸せなのだろう。相手は芸能人以上に凄い人だし。

どうしてもやもやするのだろう。誰にでも平等に接する事は知っていた。だから私にもライスボールをくれた。それまで意識していなかったのに、その笑顔が切なく思えたのはどうして?


「ヘン、リー……」

「呼んだかい、マスター。」

「うわあ!」


急に耳に届いた現実的な声に、身体が跳ねる。女性らしからぬ叫び声に少々気まずさを感じ振り向けば、先ほどまで思考を占めていた彼の姿がそこにあった。


「ヘンリー、どうしたの?」

「少し、話がしたくてね。何度か声を掛けたんだけど返事が無かったから……中に居るみたいだったし気になって。勝手に入ったのは謝るよ。」

「いえ、ごめん気付かなくて。」

「考え事かい?」


慌てて立ち上がり、彼を部屋に迎え入れる。彼の疑問に苦笑を浮かべつつ、とりあえず座って貰おうとベッドへ促す。都合上、ソファーが置けない事がこんなにも気まずさを呼ぶとは。


「それで、話って。」

「ああ、その事なんだけど……その、なんと言ったらいいのかな。」


なんとなく顔を合わせ辛くて、手早く用件を終わらせようと話を促す。彼はそれとは対照的に、言いづらそうに言葉を濁す。視線を泳がせ言葉を探す姿は、初めて見るようにも思う。


「この前の、バレンタイン……の話なんだけど……きみは、その……どっちにあげるつもりだったのかな、って思って。」

「え……」

「変なことを言っていたら謝るよ。でも、きみからのチョコは、僕の勝手な推測だけどいわゆる本命というものだったんじゃないかと思って……」


僕に、だったのか。それともきみはの事も含んでいるのか。はたまた、俺に、なのか。


「考えてみたんだ。もし、きみがの事も見ていたんだとしたら、って。考えるにつれ、だんだん不安や焦りが溢れてきて……聞かずにはいられなくなった。ごめん、困らせるよね、こんな話。」


ジキルとハイド。彼は、いわば二人で一人。私は、そのどちらも知っている。彼も、私がハイドの事を知っていると分かっている。でもそれは、その疑問の意味は……


「きみは誰にでも優しい。こんな僕にもちゃんと向き合ってくれる。だからこそ、あいつも――きみが好きなんだと思う。」

「あいつ、も……?」

「えっ、あっ、いや、それは……」


ジキルが慌てたように視線を泳がせる。赤く染まる頬に気付いてしまい、ついじっと見詰めてしまった。その視線に気付いたのかジキルはこほんと一つ咳払いすると、改めてこちらに向き直った。


「僕はきみのことが好きだ。マスターとしてはももちろん、一人の女性としても。」


それは、とても真っ直ぐで、彼らしい紳士溢れる告白だった。シンプルさの中に、彼の想いが詰まっているのを感じる。返事をしなくては。そう思い名前を呼ぼうとすると、彼の指が唇に触れた。


「もし、もしきみが僕の想いに答えてくれるなら……どうか、名前で呼んで欲しい。」



微笑んで、名を呼んで




「私も好きだよ、ジキル。」

「ありがとう、マスター。いや、リツカ。……こういうの、ちょっと照れ臭いな。」

「私は良いと思うけど?」

「きみ、僕をからかってるだろう?」

「だってジキル真っ赤だもん。」



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