いくらカルデアの戦闘服が寒暖に強い素材で作られていたとしても、気温差の激しい土地を行ったり来たりしていれば体調も崩すというもので。
「大丈夫ですか、先輩……」
「ん、まあなんとか。ごめんね、心配かけて。」
「いえ!私こそ具合が悪いの気付けなくて……」
肩を落とすマシュの言葉を遮るように、咳が一つ二つと溢れる。
「先輩……」
「んんんっ、こほん。そんなに心配しなくても、寝てれば大丈夫だって。」
「心配しないわけないじゃないですか!こんなに辛そうなのに。だからといって何かしてあげられる訳じゃないですけど……」
段々と小さくなる言葉に、そっと彼女の頭を撫でてやる。こんなに心配してくれる彼女に対して、私がしてあげられる事も今はこれくらいしかないのだ。
「マシュとこうして話せただけで十分だよ。確かに最初思ったよりも咳が出るけど、マシュが傍に居てくれたからだいぶ落ち着いたもの。」
「わわわっ、先輩!?」
マシュの淡い桃色の髪がくしゃくしゃになったのを見て満足そうに笑えば、漸く彼女はらしく笑って見せた。照れ臭そうに、ちょっとだけむくれたように。
「さーて、せっかく休みを貰えたんだし、思いっきり昼寝しちゃうとするかなー。」
「はい!今はしっかり寝て、ゆっくり休んで下さい。先輩には早く良くなって貰わないと。」
「そうだね。じゃあ、暫く私寝てるからさ。マシュも部屋でゆっくりしててよ。」
「あ、そうですよね。」
退室を促せば、それを理解したのかマシュが心配そうに此方を見る。
「何かあったらすぐ呼ぶから。」
「絶対ですよ?無理は禁物ですからね、先輩!」
尚も心配そうに振り向きながら部屋を出る後輩の姿を見送り、リツカは深呼吸とともに一度目を閉じた。熱があるのか、少しだけ頭の奥がぼんやりする。
「こんなに心配されるなんて、私ってば幸せ者だなぁ。」
さっきこそマシュだけが部屋に居たが、布団に入ってすぐは話を聞き付けた皆が集まっていてかなり騒がしかったのだ。ただの風邪、されど風邪ではないが、こんなにも心配されるとは思ってもみなかったからなんだか不思議な気分である。
「はー、寝るって言った矢先だけど……」
ため息と共に、真っ白な天井を見上げる。しんと静まり返った部屋を意識した途端、思い出したように空腹を感じた。そういえば、お昼を食べそびれたのだった。
「おなかすいたなぁ……」
ぽつりと、独り言を溢す。とはいえ、カルデアにはロマンを始め職員の方だっているのだ、風邪を引きずって外に出るわけにもいかない。どうしようもないと思えば、ぐーっと腹の虫が鳴いた。
「よう、マスター。」
誰も聞いてはないだろうがちょっとだけ気恥ずかしさを感じていると、プシュンと部屋のドアが軽快に開き、聞き慣れた声が美味しそうな香りと共に訪れた。
「あ、あれ?プロト?どうしてここに……」
「あんたが腹空かしてるんじゃないかと思ってな。定番だが雑炊持ってきたぜ。」
そう言いながら置かれた器から、出来立てを示すかのように湯気が出ている。ふわふわの卵がとても美味しそうだ。
「わあ、美味しそう!これ、プロトが?」
「んー、まーな。」
「えっ、プロト料理出来たの!?」
「なんだよそれ。まるで俺が料理出来ねーみてぇじゃねえか。」
正直、彼にあまり料理のイメージは無かった。顔に出ていたのか彼は拗ねたように口を尖らせて見せたが、すぐに雑炊の卵を食べやすいようにほぐし始めた。
「ま、こんなもんか。ほれ、マスター。」
「へ?」
ずいっと向けられたレンゲには、一口くらいの量の雑炊がのっている。ご丁寧に程よく冷まされた形で。それと彼を交互に見つめ、その仕草の意味を漸く理解する。
「あああああい、いいよ!自分で出来るし!」
「まーまー、そう言わずに。たまには俺にも甘えとけって。それともあんた、かなりの猫舌か?」
「い、いやそれもあるけど!でも!」
なんだこれは。かなり恥ずかしい。プロトの息が掛かった雑炊なんて……
(いやいや私何考えてるの!それじゃまるで私が変態みたいじゃない!)
熱のせいか、今の私はきっと顔が真っ赤に違いない。なかなか食べない私にそれが熱さのせいと思ったのか、プロトはもう一度掬った雑炊に息を吹き掛け冷ましている。
そうやってフーフーしている姿もかっこいい、なんて……
「ほれ、これでどうだ?」
「ん、えと、ありがと。」
もはやここまでしてもらったのだ、食べない訳にはいくまい。意を決して、雑炊を口にする。程よい温度に、安堵する。
「おいしい……」
「それは良かった。ほらよ、まだまだあるぜ。」
「だ、だからそれは私が自分で……」
自分で食べれるくらいには体調も落ち着いてはいるのだが、どうやら彼はそれを許してくれないらしい。彼が掬って冷ました雑炊を、一口、また一口と口にする。そのやり取りがこんなにも恥ずかしいものだとは。
「ごちそうさまデシタ……」
「おう、しっかり食ったな、マスター。」
結局、全部食べ終わるまで彼が食べさせてくれる形のままであった。嬉しそうに笑うプロトに、気恥ずかしさが沸き上がる。
「そんじゃ次はこれだな。」
まるでジャーンと言いたげに、プロトが薬を取り出した。何処に置いていたのか、いつの間にか水まで用意されている。
「じゃあ、お水を……」
素直に従い薬を飲むべく水に手を伸ばすと、プロトはそれを遠ざけた。
「ちょっと、プロト?」
「飲ませてやるから安心してくれや。」
「いや、私普通に薬飲めるからね?そこまで子供じゃないからね?」
彼は私を何だと思ってるのか。薬嫌いに思っていたようだが、あいにくと別にそうではない。
「ほら、貸して?ちゃんと飲むから。」
「まあまあ、ってあんた!手、冷た!」
「あー、末端冷え症ってやつ?」
薬を受け取ろうとプロトの腕を掴めば、触れあった所から指先の冷たさが伝わったのだろう、プロトが一瞬驚いた表情を浮かべる。
「あー、ほら、口開けて。」
「はいはい。」
やはり、クーフーリンのちょっぴり頑固な所は少しばかり若い頃から変わってはないようだ。仕方なく、諦めたように彼に従う。正直薬を他人に飲まされる方がむしろ飲みにくい気がするのだが、今は言わないでおくことにしよう。
「で、ごっくん。」
「ん。」
水とともに口に含んだ薬を胃に流し込む。ほんの少し苦味が口に広がり、もう一口水を飲む。
「大丈夫か?」
「え?う、うん。」
「じゃ、次はこっちな。」
そう言って、プロトは私の手を一つに纏めるとそっと両手でそれを包んだ。暖めてくれるつもりだろう。じんわりとした温もりが、冷えた指先に心地好い。
「ほんと冷てーな、あんたの手。」
「悪かったわね、冷え症で。」
「いや、そういう意味で言ったんじゃねぇよ。」
ふい、と視線を反らす彼もまた気恥ずかしくなったのか、ちょっとだけ顔が赤いように思える。
「もう少しだけな。」
「はーい。」
いつの間にか私の右手は恋人繋ぎになっているが、今は気付いていない事にしておこう。
微熱に溶ける
(心配性のあなたへ流れる小さな恋)