オペラ


クリスティーヌ、クリスティーヌ。
ああ、我が愛しのクリスティーヌ。

狂おしいほど可憐な君よ。その細い腕を手折り、その華奢な身体を掻き抱く事が出来たのなら。どれほど幸せか。どれほど憎いか。

私はただ、今も尚――――








「あーっ、居た居た!クリスティーヌ!」

「…………は?」

「あっ、ごめんオペラ。今ちょっと良いかな?」

「はあ……」


それは久方ぶりの会話であった。


「急にごめんね、部屋まで来て貰っちゃって。」

「いえ……それは構いませんが……」

「あ、お茶飲む?紅茶入れるよ?」

「では、お言葉に甘えて。」


なんと短慮な返答か。ただ受け流すだけのやり取りに、内心溜め息を溢す。ここカルデアへ、彼女の元へと召喚されて暫く。もうどれくらいぶりとなるだろう。もしかすると、それほど時は経っていないのかもしれない。

あまりにも――そう、あまりにも色んな事がありすぎた。それは何も特異点の修復のみに限った事ではない。あの頃、私はどうしてあんな事を言ってしまったのか。


「我が顔を見てはならない……」


否、理由はとうに分かっている。浮かれすぎたのだ。彼女の美声によって紡がれる己の名に、その声で綴られる私との日常に、私に問い掛けるその言葉すら、愛しく、恋しいものであった。

故に。すぐ近くでぶつかり合ったあの視線が、その瞳が、とてつもなく恐ろしいものに思えた。


(何を奇怪な事を……)


恐ろしい、異形なものであるのは己の方だというのに。何を恐れる事があるだろう。美しき彼女に、可憐たる彼女に、そのような暗黒たる一面など欠片ほども無いというのに。


「でね、次の作戦なんだけど……って、ねぇ、オペラ。聞いてる?」

「え、ええ、失礼。それで、私は何を?」

「うん、それでね、連携を強固なものにするために改めて少数での訓練を、と思うんだけど……どうかな?」


疑問符と共に顔を上げた彼女と、視線が交わる。その瞳は相も変わらず、透き通った美しさを秘めている。それが私に向けられているのだと思うと、やるせないような、嬉しいような、燻った感情が己の内に沸き立つのが分かった。それのなんともどかしい事か。


「私は……」


彼女はこんなにも近くに居るというのに。手を伸ばせば触れられるだろうか。叶わない想いばかりが、頭を埋め尽くす。


(ああ、我が愛しのクリスティーヌ。)


彼女を、我が物としたい。私の愛で満たし、ただ、私だけを――――


「私は、構いませんよ。」

「ほんと!?ありがとう!じゃあ早速日程を……」


ああ、私は何を考えているのだろう。こんなにも純粋無垢な彼女を、己が手で染めたいなどと。この清廉さを、汚す事など赦されないというのに。

私は。私は…………


「ね、オペラ。」

「はい、何でしょう?」

「やっぱり……まだ怒ってる?」


え、と、自分でも驚くほど気の抜けた声が漏れた。どうして彼女はそんな事を聞くのだろう。むしろ、嫌悪されるは己の方ではないか。美しき彼女と、醜き我が魂。相容れぬ事など叶わないというのに。


「ほら、前にさ、嫌がることしちゃったじゃない?私はそのつもり無かったんだけど……」

「い、いえ、あれは……」

「ううん。やっぱり、ちゃんと謝りたくて。」


ごめん、と続けた彼女の表情が伏せられる。そのような表情か おをさせるつもりは無い。君に、悲しい表情は似合わない。

私は、私はただ君に笑っていて欲しかった。だからこそ、見て欲しくはなかったのだ。この、己の、醜き姿など。


「君は……何処まで真っ直ぐなのか。」

「オペラ……?」

「ひたむきで、ただ前だけを見て。それでいて、私にも慈悲をくれるというのか。」

「え、っと。オペラさん??」


不思議と、不安が晴れる気がした。彼女はクリスティーヌであってクリスティーヌ彼女ではない。

クリスティーヌ。我がクリスティーヌマスター


「私は、君が愛おしい。私は、君に触れていたい。ああ、君は、私の……」

「ええっ、と、あの、その……」

「顔を赤らめる君もまた美しい……」


溢れる本音に、彼女は嫌な顔一つ見せず、困ったかのように視線を迷わせる。ああ、なんと可愛らしい事だろう。


「オペラさん……」


そう改まった呼称で、彼女は私の手にそれを重ねた。布越しに伝わる彼女の熱は、普段より幾分高いように感じる。


「わ、私も、オペラさんの事……その、好き、だから。だから……その……」


これは、演幕の結末か。我が姿に相応しくない幸福バッドエンド

だが、君が描いたものであれば―――


「我がマスター。どうか、今宵は私と共に。」


その小さき手の甲に、口付けをひとつ。



それは我が愛しの


(ああ、愛し我が天使。)




mae | tsugi