クリスティーヌ、クリスティーヌ。
ああ、我が愛しのクリスティーヌ。
狂おしいほど可憐な君よ。その細い腕を手折り、その華奢な身体を掻き抱く事が出来たのなら。どれほど幸せか。どれほど憎いか。
私はただ、今も尚――――
*
「あーっ、居た居た!クリスティーヌ!」
「…………は?」
「あっ、ごめんオペラ。今ちょっと良いかな?」
「はあ……」
それは久方ぶりの会話であった。
「急にごめんね、部屋まで来て貰っちゃって。」
「いえ……それは構いませんが……」
「あ、お茶飲む?紅茶入れるよ?」
「では、お言葉に甘えて。」
なんと短慮な返答か。ただ受け流すだけのやり取りに、内心溜め息を溢す。ここカルデアへ、彼女の元へと召喚されて暫く。もうどれくらいぶりとなるだろう。もしかすると、それほど時は経っていないのかもしれない。
あまりにも――そう、あまりにも色んな事がありすぎた。それは何も特異点の修復のみに限った事ではない。あの頃、私はどうしてあんな事を言ってしまったのか。
「我が顔を見てはならない……」
否、理由はとうに分かっている。浮かれすぎたのだ。彼女の美声によって紡がれる己の名に、その声で綴られる私との日常に、私に問い掛けるその言葉すら、愛しく、恋しいものであった。
故に。すぐ近くでぶつかり合ったあの視線が、その瞳が、とてつもなく恐ろしいものに思えた。
(何を奇怪な事を……)
恐ろしい、異形なものであるのは己の方だというのに。何を恐れる事があるだろう。美しき彼女に、可憐たる彼女に、そのような暗黒たる一面など欠片ほども無いというのに。
「でね、次の作戦なんだけど……って、ねぇ、オペラ。聞いてる?」
「え、ええ、失礼。それで、私は何を?」
「うん、それでね、連携を強固なものにするために改めて少数での訓練を、と思うんだけど……どうかな?」
疑問符と共に顔を上げた彼女と、視線が交わる。その瞳は相も変わらず、透き通った美しさを秘めている。それが私に向けられているのだと思うと、やるせないような、嬉しいような、燻った感情が己の内に沸き立つのが分かった。それのなんともどかしい事か。
「私は……」
彼女はこんなにも近くに居るというのに。手を伸ばせば触れられるだろうか。叶わない想いばかりが、頭を埋め尽くす。
(ああ、我が愛しのクリスティーヌ。)
彼女を、我が物としたい。私の愛で満たし、ただ、私だけを――――
「私は、構いませんよ。」
「ほんと!?ありがとう!じゃあ早速日程を……」
ああ、私は何を考えているのだろう。こんなにも純粋無垢な彼女を、己が手で染めたいなどと。この清廉さを、汚す事など赦されないというのに。
私は。私は…………
「ね、オペラ。」
「はい、何でしょう?」
「やっぱり……まだ怒ってる?」
え、と、自分でも驚くほど気の抜けた声が漏れた。どうして彼女はそんな事を聞くのだろう。むしろ、嫌悪されるは己の方ではないか。美しき彼女と、醜き我が魂。相容れぬ事など叶わないというのに。
「ほら、前にさ、嫌がることしちゃったじゃない?私はそのつもり無かったんだけど……」
「い、いえ、あれは……」
「ううん。やっぱり、ちゃんと謝りたくて。」
ごめん、と続けた彼女の表情が伏せられる。そのような表情をさせるつもりは無い。君に、悲しい表情は似合わない。
私は、私はただ君に笑っていて欲しかった。だからこそ、見て欲しくはなかったのだ。この、己の、醜き姿など。
「君は……何処まで真っ直ぐなのか。」
「オペラ……?」
「ひたむきで、ただ前だけを見て。それでいて、私にも慈悲をくれるというのか。」
「え、っと。オペラさん??」
不思議と、不安が晴れる気がした。彼女はクリスティーヌであってクリスティーヌではない。
クリスティーヌ。我がクリスティーヌ。
「私は、君が愛おしい。私は、君に触れていたい。ああ、君は、私の……」
「ええっ、と、あの、その……」
「顔を赤らめる君もまた美しい……」
溢れる本音に、彼女は嫌な顔一つ見せず、困ったかのように視線を迷わせる。ああ、なんと可愛らしい事だろう。
「オペラさん……」
そう改まった呼称で、彼女は私の手にそれを重ねた。布越しに伝わる彼女の熱は、普段より幾分高いように感じる。
「わ、私も、オペラさんの事……その、好き、だから。だから……その……」
これは、演幕の結末か。我が姿に相応しくない幸福。
だが、君が描いたものであれば―――
「我がマスター。どうか、今宵は私と共に。」
その小さき手の甲に、口付けをひとつ。
それは我が愛しの
(ああ、愛し我が天使。)