Punishment
キアラによると、あの彫刻こそ遠坂凛の本体。周囲を覆っている壁は心の殻で、その中に凛の本心は眠っているという。中に入るためにはまた違った特殊な術式が必要になるのだが、さすがにそれは門外不出。伝授こそ出来ないが、中に入る手助けはしてくれるとキアラは言った。
サクラ迷宮、レリーフの前に集う。凛の心の淀みを払い、彼女を解放する戦いが始まる。
「では、十字を逆り、仏性を写し転びましょう。」
『電脳体から魂の概念を一時的に分離。心象空間の深部領域に到着後、電脳体として再構築……』
意識が白く霞んでいく。耳朶から流れ込むキアラの声。温かさにゆるみきった思考が、一秒を千秒に、千秒を一日に変えていく。自らの内に再現なく沈んでいく感覚。いずれ意識は立花リツカの体を離れ、本来触れ合う事のない、他人の心に落ちていく。
深層落下、開始!
暗闇の中を、一条の線路が下っていく。まるで夜の遊園地を走るコースターのようだ。これが、心の中心に降りるという事なのか。
『聞こえる?それとも伝わっている?私の声は、心は、誰かに分かってもらえている?なんて、どうでもいいコトだけど。大事なのは私自身。私は、私が納得する生き方を送りたいだけ。その為に、すべてを支配すると決めただけ。聞きなさい。私は新しい月の女王。それを邪魔するアナタには、私の偉大さを理解させなくちゃいけないの。』
「優秀さ故の、周囲への憤りってやつですかねぇ。恨み、つらみ、怒りにならないのはマシなんでしょうけど。」
凛の独白に、ぽつりロビンが呟く。遠坂凛はお金にがめつく他人の怠惰に厳しい女の子だったが、それと同じくらい、それぞれの特徴、自由性を認めていた筈だ。
『とにかく私は疲れたの。ヘンな決めつけもたくさんなの。鈍感なアイツの頭をはたきたいの!』
アイツとは、私の事……なのか?どうやら彼女の独白かと思っていたが、一応私に対してのものらしい。それは無意識の叫びか、少女の想いは侵入者を鋭く刻むが、同時に切なくもあった。身勝手な主張の中に、救いを求める声が見え隠れしている。
無限とも錯覚する心の旅路。一瞬か、永劫の体感時間の後、凛の心の中心が見えてきた。
「本当に来たのね。」
フィールドに降り立つ。凛は堂々と侵入者を睥睨している。自身に満ち、油断なく周囲を見据え、決して挑発には乗らない。あれこそ、間違いなく、本当の遠坂凛。
「戦う前に、一つ。なぜオレたちを月の裏側に呼んだんだ?その目的は何だ?」
「目的?そんなの、必要だからに決まっているじゃない。貴方たちは私に仕える働きアリよ。この月の裏側で力尽きるまで強制労働をする奴隷って事。」
ロビンの質問に、凛は当然のように言った。それは彼女が拷問室でNPCやマスターに対して行っていた行為と変わらない。
「働きアリと来たか。生憎と、こっちはそのつもりないんでね。」
「あら、目から迷いが消えたわね。そうでなくっちゃ面白くないわ。私は貴方たちをコキ使って、この迷宮を広げていく。そしてムーンセルの中枢に辿り着いて、システムを手に入れる。強大な力は、選ばれた人間が管理しなくてはならない。生まれもって統治する責任を帯びたもの、それが貴族というものよ。」
ムーンセルを手に入れる。その目的は分からないでもない。聖杯戦争に参加している以上、持ちうるものであるからだ。
「それでこそリンじゃ!いや、女王と呼ぶべきかのう。そなたはムーンセルを手に入れるのじゃからな!」
「いくわよ、アーチャー!私たちは選ばれた貴族である事を証明するのよ!」
張り詰めた緊迫感が増す。戦いが幕を開ける。
*
「すり抜けるぜ!」
「あっぢぢぢぢぢ!うぐぅ、人間五十年……下天のうちを……くら、ぶれば……」
ロビンの攻撃に、凛のアーチャーは膝をつく。自分の力も、ロビンの力取り戻しきっていない状態だが、それでも凛とアーチャーを正面から撃破した。
「わしの負け……いつもこんな気がするのじゃが、これも仕方ないのかのう。ぐだぐだであったが所詮は前座……」
ぐぐと軋む体を鞭打ち、アーチャーは立ち上がる。そして凛を一瞥するなり、背を向け去っていく。
「じゃあの、リン。一時のパートナーではあったが、なかなか楽しめたぞ!」
その声に、倒れていた凛がピクリと反応する。
「っ、あ……私、は……負けて……ない……。まだ……戦えるん、だから………!」
なんという執念。なんというガッツ。彼女の意志に呼応するように、レリーフから黒い渦が沸き起こる。とっさにロビンに振り返るが間に合わない。伸ばした手も空を切り、意識は闇に飲まれた。
「な、に……ここ……」
閉じていた目をゆっくりと開く。星の散りばめられた夜空のような視界。さっきまでとは世界が一変している。おそらくここはレリーフの中なのだろう。
「そうよ。ここならサーヴァントも助けてに来ない。正真正銘、私と貴方だけの一対一の密室。というか、牢獄ね。」
悪いけど出口はないわ。そう言いながら、凛が姿を見せる。こちらの落ち着き様に驚きを見せるが、今さら足掻く理由もこちらには無い。逃げられないのは互いに同じ。ならば、彼女を言葉で打ち負かすのみ。彼女を、反省させなくては。
「の、望むところよ、かかってきなさい!何を言われようが完全否定して、返り討ちにしてやるわ!」
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