07
私が人柱に選ばれたとき、私はすぐにそれに是と返すことができなかった。

頭が真っ白になったの。



『正史の盾』

かつて、そう呼ばれた。
それだけの功績があった。
13歳の頃から審神者を志し、審神者になったのは14歳の頃だった。13歳の時、私の父が目の前で歴史修正主義者に殺されたことがきっかけだった。


私は特別、審神者適性が高いわけでも、霊力が高いとか特殊だとかというわけではない。
とにかく凡庸で、とにかく平均的だった。

ただ、歴史を改変する者への憎悪と殺意だけが飛び抜けていた。
ただ、毎日淡々と敵を殺した。とにかく多く。1体でも多く、効率的に。

私自身が戦場に立つことはできなかったけれど、殺す手段とその手足は多く持っていた。つまり、刀剣男士だ。

刀剣男士。
私の刀。私の殺意。私の意志であり、私が生きるための縁(よすが)だった。

彼らが殺した命、守れなかった命の責任は私にあり、彼らが被る血は私が被る血だ。

彼らの歴史への感傷は彼らのもので、彼らが過去で受ける心の痛み悼みは彼らだけのものであるけれど、彼らの負う怪我は私が付けたものであると心得た。

私は多くの敵をこの手にかけた。
ただ、毎日淡々と敵を殺した。とにかく多く。1体でも多く、効率的に。

19歳の時、私は私が『正史の盾』と呼ばれていることを知った。


20歳のとき成人式に参加するでもなく、私は相変わらずどうやって歴史修正主義者を殲滅するか・戦争を終わらせるかばかり考えていた。
そんな私に、政府の遣いがわざわざ事前アポイントを入れた上で本丸を訪問してきた。
訪問してきたのは、歴史改変対策本部長と歴史監督部隊総長。簡単に言うと、政府の偉い人と審神者の統括者だった。どちらも面識のある人だった。
彼らの護衛で、極付の打刀と脇差が一振りずつ追従していた。

私の刀たちは警戒した。ただ様子を見に来ただけの訪問ではないことは明白だったからだ。
それを制して、私は初期刀とともに2人の話を聞いた。


それは、私が『小夜左文字』という刀剣男士を連れて、この大正時代に身を落とす1カ月前のことだった。




「鬼。不穏ですね」

さっきまで村長と話していた床の間で、改めて冨岡義勇と向き合った。
冨岡は相変わらず微動だにしない鉄仮面を被っている。

「お前たちは引っ込んでいろ」

…口悪くないですか???
唐突の突き放しに沙耶の脳内に殺意が芽生えた。これがSNSならナイフの絵文字をいくつも連ねて投稿したことだろう。え、開口一番にそれ言う???

「………」
「………」
「………」

誰も何も言わなかった。
冨岡は言いたいことは言ったと言わんばかりである。いや表情は分からないが。

「………いや、死にかねませんよ?」
「死ぬのはお前たちだ」

いやまじで口悪いなこの人!?!?というか言ってることまるきり悪人だけど大丈夫!?
沙耶は引き攣る顔を出来うる限り笑顔で留めたが、果たしてちゃんと笑えていたかどうかは分からない。

長く息を吐いた。落ち着け、と己に言い聞かす。
この男は、沙耶らと自分では自分が圧倒的強者だと思っているのだろう。事実だ。
小夜はそうでもないが、沙耶は戦闘になれば屁ほどの役にも立たない。
そりゃ、戦闘の邪魔になりそうなのが引っ付いてこられたら困る。沙耶だって、逆の立場ならそう思うだろう。
だが、ちょっと引き下がれない理由が、沙耶にもある。

「あなたは人喰い鬼を狩るのが生業と聞きました」

隣に座る小夜の手を取った。

「私たちはわけあって追われる身です。あなた方で言う、鬼のようなものに追われる身です」
「鬼のようなもの」
「貴方がたが追う鬼とは別物です」

冨岡の目が見定めるようなものに変わったのが分かった。
例えば、この村には加護は感じませんが、今まではあったかもしれないですね、とかそんなことを話したところで信じてもらえるわけがない。知っている。

この村は信仰に篤い。少なくとも拾い岩の恩恵があった。
それが2年前に途絶えて、祟りは回復しているようだが籠は未だない様子です、なんて信じてもらえるわけもない。

だから、話す内容はある程度選ばねばならないし、だからと言ってすり合わせを怠ってもならない。

「人が生み出したものであることは確かですが、人ならざるものです」
「…鬼じゃないのか」
「人喰い鬼ではないですね。人を殺しますが、食うためではありません」

それにしても、鬼のようなもの、とははんとも言いづらい。歴史修正主義者、というのが正しいが、まさか正直に言うことも出来ない。歴修…修…

「そうですね。修羅とでも言いましょうか」
「修羅」
「ええ。我々はそれから身を隠すために全国を転々としています」
「それがどうした」

確かに、彼からすれば、それがなんだという話だ。しかし、沙耶にとってはこれは重要なことだった。特に、今回の件に関しては。

「…あの靄からは修羅の気配がありました。確かに。奴らに私の存在がばれる前に対処したいのです。ちなみに泥からはしませんでした」
「…あの泥からは俺が追う鬼の気配がした。はっきりと。闇は分からん」
「…そうですか。ではそれが全てですね」

正直、釈然としないものはある様子だが、今はこの事実で十分だろう。
泥は人喰い鬼。闇は修羅。
どうやってか、両者は出会ってしまい、ここにいる。

「その鬼、どうやって倒すんですか」
「日の光に当てるか、日輪刀で首を撥ねると死ぬ。修羅は」
「それなら斬れば死にますがおそろしく硬いですね。あと、姿は今のところありませんから、まずどこにいるかとか、なぜあの靄から修羅の気配がしたのかを突き止めないと。ただ…」

──嗚呼、彼の方の瑕や如何にしてやなおすべき。
暗闇の中で聞いた声を思い出す。

「…あの鈴の舞手は、修羅とはちょっと違いそうなんですよね…」

名を当てて姿を現す。つまり、刀剣男士や歴史修正主義者と同じく励起されたもの。
しかし、普通はもっと明確な姿形を顕現しているはずだ。なのに、黒い霞ばかりで形がない。気配も確かに歴史修正主義者だが、正直に言うといつも相手にしている歴史修正主義者とは何だか性質が違う。

外に目を向ける。
日は暮れた。西の空はまだ紫かかっているものの、空は深い紺に包まれつつある。
沙耶は不意に目を細めた。

「…小夜」

沙耶が唐突に声を低めた。

「私から見て卯辰の方角に120m」

音もなく小夜が姿を消した。
正確には、猛スピードで夜の中に踊り出した。冨岡が驚いたように立ち上がった。
続いて沙耶もすくりと立ち上がった。縁側で靴を履くと少し駆け足で外に出た。

「修羅です!はっきりとわかります」

冨岡がはっとして小夜の消えた方角を見た。

「大丈夫です。──雑魚です」

たた、と駆け足で小夜の方に向かう。民家は静かで、やはり彼らにとって夜は恐ろしいものなのだと悟る。

「それよりも」

沙耶は目に投影された近隣情報を確認する。同時に、小夜の周辺映像も。
これはあくまで沙耶の目にだけに投影されている情報なので、もちろん冨岡には知るすべはない。

「私が知っている修羅とは姿が違いますし、沸いて出てきますね。何体いるやら」
「…」

隣を走る冨岡が一瞬だけ沙耶に目を向けた。不思議だろう。沙耶はここではない場所の景色を見ている。
やがて剣戟の音がすると、冨岡もぱっと姿を消した。おそらく小夜の応援に向かった。
沙耶が到着した頃、その場はひとまずの落ち着きを見せていた。
最後の一体。鎌を持った女の姿であったが、あっけなく冨岡に切り伏せられ、人形となってその場にポトリと落ちた。

「片付きましたか?」
「ああ」

そう言って小夜が足元に目を向けた。
そこら中に割れた木刀や、おもちゃの人形等が転げ落ちている。

「斬れば、おもちゃになった…」

冨岡が呟いた。すっと小夜が指を向けた。そこには昼にも見た泥が佇んでいる。

「あれ、道だったみたい。あそこから歴…修羅が沸いて出た」
「その修羅を斬ると、これらおもちゃになった?」
「ああ」

沙耶は足元に落ちている人形に手を伸ばした。拾いあげれば、海水をどっぷりと吸いきっていることが分かる。ぽたぽたと地面に海水が滴り落ちた。沙耶はしばしそれを眺めると頭を撫でた。

「無理に修羅にされたのですね、なんてむごい」
「どういう事だ」
「修羅の説明がまだでしたね」

沙耶は人形をまた地面に戻そうと思ったが、その前にぼろりと崩れてしまった。
そう、宿る付喪がないまま、もしくは未成熟なまま無理に励起されればそうなる。まだ確かな心も持たないままに姿を与えられるから、限りなく虚無的なまま姿を現すことになり、そこには意思もない。
ただ、顕現主の思いのままに動く人形と成り果てる。

「修羅には2種類あります。励起する者と励起されたもの。励起の術と我々は呼びます。長く大切に使われたモノに宿る思いを呼び起こして姿形を与えます。それが修羅の正体です」
「それでさっきのような化け物たちが出来上がると?」
「ええ。術を使うための適性と設備さえあれば、修羅を励起することは可能です」

正確には術を使うためのシステムへの適性と設備だ。
審神者もそこは同じだ。システムというのは、霊的感覚を知覚制御するためのチップで、大脳に埋め込まれる。そのシステムへの適性が、審神者になれるなれないの1つ目の分かれ道だ。

「つまり、こうしてモノを励起し得る者が鬼とともにいるんでしょうね。まあ詳しくは鬼と修羅を片付けた後で話しましょう」

そう言って沙耶は泥へ向かって足を向けた。得体のしれないものだったが、あの泥の先に修羅を作った誰かが──歴史修正主義者がいる。それも励起する側だ。
どのような構造になっているかはわからないが、調べる必要がありそうだ。

「…今は何も出てきませんね…。小石でも投げ入れてみましょうか」

泥は動くことなく佇んでいていた。

「そう言えば、この泥は鬼なんでしたっけ」
「おそらく血鬼術だ」
「けっきじゅつ…?」

なんだそれは、と冨岡を見たとき少し離れたところにいた小夜がはっと顔を険しくして駆けだした。
冨岡が目を見張る。
瞬間、真後ろに冷たい何かの気配を感じた。どぷんと重い水の音がして、沙耶は四肢が自由に動かしづらくなった。

そこは、真っ暗な水の中だった。
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ゆりのやうに