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首が高く飛んでいく。
冨岡がはねた首が勢いよく、空高く。
唐突に減速した鬼の体はよたよたと頼りない足取りになった。ごつりと重い音を立てて地に落ちた頭は鈍く跳ねて沙耶の近くまで転がる。
斬られた首の断面がポロリと崩れるように霞み始めた。
『死反鬼』と書かれた面布の内側から、沙耶を凝視する大きく見開かれた目が顔を出した。
ただじっと食い入るように沙耶の舞を見ていた。

「──“ 名を”」

食い入るように見ていたのは沙耶も同じだった。舞ながらも、その視線は鬼から離れない。
シャンと鈴を鳴らす。

「“ あにさま、どうかわたしのなを”」

冨岡は僅かに驚いて沙耶を見ていた。
沙耶の声に、何故か男性の声が被っているように聞こえたのだ。

「おとうと…」

鬼が涙を流した。

「おれのおとうと。…理草」

日は沈み、空に月が登り、大量の星々が存在を主張している。
それでも分かった。お互いの認識すら危ぶめた暗闇が、唐突に晴れた。
月明かりでお互いの姿がはっきりと視認できたのが、その証拠だった。

いつの間にか舞手は沙耶でなく理草になっていた。
舞手の白い衣装がふわりと揺れる。

身を退けた沙耶は納得した。
名は体をあらわす。名を呼べば存在は固定されて姿が確認出来る。
だから、名は最も短い呪と言われる。

意識の中の世界でさえ、沙耶が名を呼んでも理草の姿は朧気だった。
その理由は、理草をよく知らない沙耶が呼んだところであまり意味がなかったからだ。
理草をよく知る兄が呼んでこそ、意味があった。

不意に舞をやめた理草は転がる頭を持ち上げ、大切そうに持ち上げた。

「ええ。ええ。あにさま。思い出してくれてありがとう、あにさま」
「あんな本、読まなければ」
「ええ。ですが、この村に魚を返してもらわなければ、みんな死んでしまうところでしたから」
「すまない…」
「いいえ。こんなおれのことも、死マカる反カエしてまで思ってくださったのですね」
「人を、殺めた」
「ええ。ですが、それは横で見ていたおれも同じです」

常に隣にあった。昼でも鬼が動けるほどの靄を、陽の光から兄を守る闇になった弟。
どこにあんな自我を隠していたのかは分からないが、今は普通に話ができる様子だった。

「共に修羅に堕ちましょう」

愛おしげにそう言うと、パキリと音がした。
理草の顔に、深く黒いヒビが入った。
自壊、しようとしているのか。

「話を遮って悪いのだけれど、連さん、弟さんを励起した誰かがいたはずです!誰!どこにいるの!」

瞬間、パアンと弾けるように理草が砕けて消えた。
ごとんと落ちた連の首は口元まで消えかかっていた。

「…祠に、あいつがやってきたんだ」
「あいつ?」
「理草を、死る反す術だと…あの、青い…」

連ははっとしたように口を閉ざした。

「そう、おれは、弟ともう一度やり直すために、受け入れたんだ…!」
「受け入れた?なにを」

連が目を閉じた。

「祠で、おとうとを、れい、れいき…あ、ァ…アアアアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」

ぶわりと消えかけの鬼の体が光った。
同時に鬼の頭は塵となって消え果てた。まだ形を残していた体が燃えるように──否、青い炎を纏っていた。
沙耶は何度も見たことがある。見慣れていると言ってもいい。
歴史修正主義者が纏う、あの、青い炎。

唖然とそれを見ているうちにやがて炎は消え失せ、チリチリと小さな音を立てて体が崩壊を始めた。
やがてその体が消えたと思った時、チャラチャラと金属音がその場に響いた。
連がいたところに、月の光に反射する何かが落ちていた。
小夜がそれを検分して、息をのんだのが分かった。

「刀?」

冨岡が小さく呟いた。
まさかと沙耶が駆け寄れば、いくつかに折られた刀──繋ぎ合わせればきっと打刀くらいのサイズになる──が落ちていた。
触れる前に砂塵と消えてしまったそれがそこにある理由。

「“受け入れた”って、言ってた。もしかして、取り込んだの?体の中に?」

歴史修正主義者の依代を、その身の中に?
普通は、こんなことできない。驚異的な回復力を持つ鬼だからこそできた所業。

沙耶はふと後退るように足を下げた。
踵を返して、視線を巡らす。駆け足で向かうのは、祠だった。
嫌な予感がする。

鬼と歴史修正主義者をまるで混ぜるような混沌とした所業。
死者の励起。

誰が、どのように──いや、言動からすると、信じられないがおそらく連が励起した。

どくりと心臓が軋むように動き始めた。
小夜が心配して隣を並走する。すぐ後ろに冨岡も来ている様子だった。

祠は洞窟で、入り口は小さいものの中は空洞になった窪みのようなところだった。
月の明かりも届かない祠内部は真っ暗で何も見えない。
しかし、何があるのはかは容易に想像ついた。
強烈な腐臭が3人の鼻を突いたからだった。
沙耶が後ろポケットから小さな黒い球を取り出した。

「目を瞑ってください。眩しいですよ」

小夜がはっとしたように沙耶を見たが、彼が何かを言う前に、沙耶はピンを抜いて足元に叩きつけた。

「──!!」

“それ”を目にした沙耶は思わず息も止まるような思いだった。
ぐっと腕をひかれて、気が付けば小夜に抱きしめられるような形で視界を遮られた。

「…さすがにこれは、ひどいな」

冨岡苦々しく呟く。

ほとんど白骨化した遺体。
その胸のあたりに突き立てられた、壊れた鈴。
きっとこれが、理草の依代の正体に他ならなかった。

「小夜」
「駄目だ。見るに堪えない」
「小夜…!」
「駄目」

離して、とせがむも小夜はぎゅうぎゅうと強い力で沙耶の頭を器用に固定して離さない。

「お願い、せめて供養しないと。また悪用されたら」
「悪用、されるのか」

冨岡が戸惑うように問いかけてきた。

「…わかりません。でも、実際理草さんは励起されてしまいました。それは、兄である連さんあってのことでしょう、でも…」

まだ照明弾の明かりがある。
顔を上げれば、きっとさっきの凄惨な遺体を目撃することになる。

「体が冷えてる。せめて明日じゃ駄目?」
「今です」

小夜があきらめたように腕の力を抜いた。
沙耶はおずおずと顔を上げる。
遺体を見れば気持ちが悪くなるし腐臭も相まって胃からせりあがって来るものを感じる。予習のように祝詞を脳内で唱え続けて、なんとかそれを抑える。

せめて、安らかに。
村のためを思ったこの弟と、その弟をいっとう大切にした兄を思いながら、沙耶は祝詞を口にした。
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ゆりのやうに