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 どうにかバーボンに今までの組織が持っているセーフティハウスとか、武器の隠し場所だとか密かに集めてる政治家やらの弱みとかを握らせたいんだけどどうにもジンのペットは信用ならないみたいで今まで史上1番遠ざけられている気がする。バーボンを完全に信頼しているわけではないジンが俺を近づけないってのもデカい。結局なんでジンがノックに敏感なのかというと観察眼が物凄い。ちょっとの動揺も見逃さないしあの通り顔が怖いしすぐ殺すので問い詰めたら相手の方が勝手にゲロるらしい。まぁらしいと言うのはウォッカからの又聞きだからなんだけど。


「おい、メンテだ」


 組織に与えられた拠点の作業部屋で脳みそにある組織のあれやこれをどうやって入り込んでいるノックにヒントを与えていくかを悶々と悩んでいると当たり前の様に入ってきた人にハンドガンを投げられる。おい、セーフティかかってないぞこれ。


「…何か足す?」


「いや。いつも通りでいい」


「わかった」


 カチャカチャと部品同士が当たる音だけが響く。埃や唾が飛ばないように俺はいつも無言だけどジンも元々話が好きなタイプではないため静かな時間が流れる。いつだったかスコッチのライフルのメンテの時は少し離れた椅子に座って一方的に続けられる話を聞いていたことを思い出す。ほとんど出歩くことのない俺が外の話を、皆の普通を聞くのは嫌いじゃなかった。スコッチも大袈裟に話すものだから余計に。


 無音が過ぎ、元通りに組み直したバレッタを人に渡す。受け取ったそれを見回してセーフティを下ろし、銃口をまっすぐ俺に向ける。額の、真ん中。魂ごと撃ち抜いてくれよ。祈るように目を閉じるとコツリと額をこづかれる。殺すつもりはないらしい。今のところは。


 ただ、最近こうして施設への招集が増えてきた。基本開発部から呼び出しがあってもジンの予定と合わなければ来ないけれど以前はこんなに頻回に呼ばれることはなかった。来るたびにデスクの上に増えていく物騒な玩具や薬の機序、組み合わせについての書類がなんとなく終わりを知らせてくるようで催促されない限り触らない様にしている。まぁどれだけ嫌がってもやるしかないので結局は頭に組み込まれるのだが。


「終わったら連絡する」


 暗にそれまでに自分の与えられた役割をこなせと言っているのだからジンも甘くない。ただの餓鬼がジンの様な名前付きと一緒にいて、逆効果にもなっている保護を受けられているのは組織に所属するスイであって、ただのスイでは得られなかったことだろう。そしてそんななんの取り柄もない餓鬼にジンは興味すら湧かなかっただろう。


 遠巻きに見ていた他の構成員がジンが部屋からいなくなったことで緊張感が解けたのか煩わしかった視線が消える。そういえば前に一緒にいたこともある志保はどうしているだろうか。組織から消えたとは聞いたが明美のことをまだ忘れられないでいるのだろうか。せっかく忘れらるのだから、悲しい思い出は忘れて楽しい幸せなものだけを残していけばいい。そう思う。ただ今回は明美とも全く接点を持たなかったのでこれは本当に一方的な思いだけど。


 最後に見た明美の悲しげな決意の籠った顔を振り切るように書類へと目を向ける。ホッチキスで止められたそれは本当にいるのかと言う内容まで入っていた。ただのUSBだと思っている連中はもう少し自分の脳みそも使ったほうがいいんじゃないだろうか。


 ほとんどの書類をただただ頭に詰め込み、メモに残してある銃や毒の情報を抜き出しているとノックで迎えにきたのはウォッカだった。背もたれに体重を預けて拳を突き上げ伸びをする。目が乾燥して首も痛い。今日はゆっくり風呂に湯をためて入ろう。最近の任務でのアニキの活躍っぷりを話半分で聞き流しながら駐車場へ向かう。呼び出した本人はすでにポルシェの中で煙草を吹かしていた。


「ウォッカは?」


「俺か?俺はこのまま次の任務の情報交換だ」


「じゃあ今日は晩御飯なしだね」


「ホテルの冷蔵庫にコンビニの食い物を適当に入れてるから好きなのをとれ。アニキにもちゃんと食わせるんだぞ」


 気づけば煙草と酒と簡単なつまみで済ませてしまうジンを心配するのは彼だけだろう。大体はウォッカも一緒に食べにいくのでこういう場合の監視を命じられるのは俺の役目だ。


「わかった」


「スイもちゃんと食えよ」


「わかってる」


 俺がのそのそとドアを開けて車内に滑り込み、真面目にシートベルトをしているとウォッカはジンに何かを耳打ちしてさって行った。仕事熱心なことでと思うが、基本的に人が死ぬ話は聞きたくないのでなるべく内容を聞かないようにしている。エンジン音を吹かし、夜の街の光が流れていくのを窓越しに見ながら何も考えないように目を閉じる。やがて体がゆっくり上下し始めるまでさほど時間は掛からなかった。


 叩き起こされて重い体を引き摺るように部屋へ向かう。バスタブの蛇口をひねり湯がたまるまでの間に食事を済ます。『ウォッカにいう』そう言えば案外素直に食事をするジンが先に食べ終わり、満腹でまた瞼が落ちかかっていた俺を引きずってバスタブへ向かう。もたもたを服を脱いでいたら乱暴に剥かれて頭から少し熱いシャワーをかけられる。おかげで少し目が冴えた。今はほとんど目立たなくなった昔の自傷痕を確認するように洗われて新しいものがないかを確認される。自分は平気で俺を殴ったり蹴飛ばしたりする癖に自分以外がつけた傷は気に入らないらしい。たとえ俺自身が付けた傷であっても。一頻り洗われて湯船に付けられる。湯に映る自分は波立っているせいかどんな顔をしているかわからない。


「最近忙しそうだね」


 自分は朝入ったからか簡単にシャワーで流すだけのジンから返事があるとは思っていないのでこれは独り言だ。だが、今日は無駄話に付き合ってくれる気分だったらしい。


「テメェも随分忙しそうじゃねぇか。他に飼い主でも欲しくなったか」


 長い髪を後ろに流して嫌味ったらしく笑うのでじっと見ていたらこっちは見ていないはずなのに流れる無言で不快に思ったのは伝わったらしく笑みを深める。なんて性格の悪い男なのだろう


「俺を飼おうだなんて変わり者はやたらめったにいないと思うけど」


 嫌味で返したつもりなのに声をあげて笑われてしまった。それは自分が変わり者だと自覚があると言うことなのか。


「うわっ。あーあ、あー」


 普段、ジンは湯に浸からないからと大目に入れた湯がザブリと音を立てて溢れていく。もったいない。俺の抗議を無視して狭いバスタブに落ち着いた男は熱いだの狭いだの文句を言ってるが決して俺のせいではない。どう見ても2人はいれば溢れるだろう湯の張ってあるところに無断に侵入した方が悪いのだ。

「命でも惜しくなったか」


「まさか」


 いい位置を見つけて遠慮なく足を伸ばしてくる男の脛にコンパチを食らわせようと指を弾くが水圧に負けて大した威力にはならない。


「安心しろ。お前は俺が地獄に送ってやる」


「そうだといいけど」


 送るだけで一緒に堕ちてはくれないらしい。でもジンもなかなかの悪党だからどちらかというと地獄行きなんじゃないだろうか。それに今回はジンといたけどそのせいでノックを含め他の構成員と接触出来なかったせいで当初の目的だった情報を思いの外集められなかった。彼の隣は何も考えずに言うことを聞いていればよかったから楽だったんだけど次があるなら一緒にはいないだろう。次が、なければいいのに。俺の地獄は彼らとは違うところにあるのだ。こんな終わらない地獄も誰かが一緒にいれば違うのだろうか。正解を選ぶために一緒に生きて一緒に死んでくれる人間が。でもその相手も繰り返すとわかっていて、その相棒の頭を俺は撃ち抜けるだろうか。


 たぶん無理だなと湯に顔の半分をつけて口から空気を吐き出す。ブクブク音を立てていると『何やってるんだコイツは』とでも言いたげな視線にかちあう。


「もし組織がなくなったらどうする?」


 これはずっと聞いてみたかったことだった。犯罪に生き、それが自分の選んだ道で組織に忠実な彼はどうやって生きていくんだろう。器用に片眉をあげて少し考える素振りをして「どうもしねえよ。別の組織にでも移るだけだ」と言った。


「そうだよね」


「なんだ」


「いや、のんびり田舎暮らしをするジンは全然想像できないなと思って」


 黒以外の服を着て、カフェでコーヒーを飲むジンや、海辺でラフな格好をしているジンを勝手に想像してその違和感に声が出る。それが気に入らなかったのかふんと鼻を鳴らして勢いよく立ち上がる。起きた波にバランスを崩しかけた。ジンはそのままバスルームを出たので空いたスペースに足を伸ばす。湯の暖かさと水圧はなんとなく安心する。入浴剤とかも入れてみたいが買いに出ることもないし、ホテルでやっていいかも知らないので使ったのは数えるほどだ。今回の終わった先がこんな風に暖かさに包まれたところならいいのに。そこはきっと天国と呼ばれるところなんだろう。目を閉じてゆっくり体を沈めていく。少しずつ息を吐き出すけど心地いのは最初だけで暗く苦しい世界がやってくる。その世界では救えなかったノック達や玩具の犠牲になった人たちが俺を見ている。目がしゃべるはずないのに俺を責める。そんな目から逃れるように湯から顔をあげ酸素を取り込む。目は消えたが、張り付く長い髪が鬱陶しかった。
 


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