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 目が、覚める。光が差し込んで目の奥が痛い。頭も痛いのは、死因が関係あるんだろうか。どうにか動かした腕で光を遮る。段々と目が慣れてああ、またかと自覚する。また、死ねなかった。施設の与えられた無機質な部屋。家具といえばベッドと小さな机くらいで何も置かれていない部屋。ずっとここが居場所だ。唯一俺に与えられたもの。

 結局、ジンはこの地獄に付き合ってはくれないらしい。当然か。彼の言うことだけを聞いているのは楽だっけけどそのせいで見殺しにした命も多い。だから、そのつけを払わなければならない。ならば今度は救ってみようか。できるだけ、見ないフリをしてきたものを。

 そう思ってみたものの、果たして上手くいくんだろうか。今まで大した成功はしていない。工藤にUSBを渡したころには明美は死んでいたし、ジンに隠れてたくさんのサーバーを経由して送ったメールは役に立ったのかさえ知らない。

 できるだろうか。正義のヒーローのようなことが。レッドにはなれなくても少しくらいは救えるだろうか。明美やスコッチを。ひとりぼっちにしてしまった志保を。死んでいったノックたちを。救うだなんて烏滸がましい。わかっている。それでも取りこぼしたくない。この思いも抜け出したいエゴなのか、勝手な罪悪感なのか。

 あいも変わらず、人好きの笑みを浮かべてスコッチが銃のメンテにやってくる。確信や詳しいことは決して漏らさないけれど家族や外の話をしてくれる。

『水族館に行ってみたい』

 今度は言わなかった。スコッチはたぶん「連れて行ってやるよ」と笑ってくれるけどこの約束が彼の呪いのようになってしまわないように。嘘。違う。俺が期待したくないから。ここから出て好きに生きられるだなんて希望を持たないように。

「スコッチは、どうしてここにいるの」

 銃から視線を上げずに少し離れたパイプ椅子にもたれているスコッチに投げかける。視界の端で動きが止まるのがわかる。たぶん、ノックだとバレているんじゃないかとかすごい考えているはずだ。『お前を見てると弟でもできたみたいだよ』そう言っていた彼は考えるように空を見てから応えてくれる。

「んー、あえて言うなら好きなのもを守るためかな」

「守れそう?」

「守るさ」

「そっか。じゃあその守るものの中に自分の命も勘定しといてね」

「ははっ、なんだそりゃ。そりゃあもちろん入ってるさ」

「そっか」

 そう笑うあなたが、仲間のために自分の命を投げ打ってしまう人間だと知っているから念を推してるのに。でも、そうまでできる相手や心情があることが少し羨ましい。

「スイはなんでここにいるんだ?まだ若いだろ」

「親がここの人間だから。明美に会ったことある?あの子と一緒だよ」

「楽しいか?」

「そう思う?」

「悪い」

 カチャカチャと手を止めずに言葉を投げると真剣に謝られてしまった。気にしていないといえば嘘になるが、もう慣れてしまった。

「はいよ。もし使いにくかったらまた教えて。一応スコープのピントは直ってるのとご要望通りにセーフティは少し重めだから」

「おう。悪いな」

「いや」

 重い音をさせて銃をバッグに詰めると十よりも重いものを背負ったような顔をしてスコッチは部屋を出て行く。嫌ならやめてしまえばいいのに。そうわけにはいかないからここにいるんだろうけど。急に静かになった部屋に自分の溜息だけが漏れる。

 だいぶ俺の話を聞いてくれよう様になったスコッチに防弾チョッキを必ず着せさせてる。俺が彼をノックだと知っていることに気づいている様だから大人しくいうことは聞いてくれるけど何故こんなことをしているのかまではわからないからか時折何か言いたげに俺を見る。情報が集まる脳を守るための無駄に雁字搦めの行動制限を知っているせいか開きかけた唇を紡ぐ。

それでいい。まずは自分の身を守ることだけを考えてほしい。お前の正義はきっと必要としている人がいる。

だから俺も、彼が俺を心配してくれていることに気づいていて何も言わない。心配してくれている、と感じられるだけで十分だった。

 それから、少しして、明美が組織にライを連れてきた。スナイパーとしての腕を買われたライはスコッチと多くの任務をこなす様になり、そして死んだ。ノックを消したとしてライは出世した。バーボンが馬鹿みたいに任務をこなし始めた。前みたいに情報を小出しにしてもいいけど結局それでも死んだので違う方法を取ることにした。まぁ彼が生きていることがもう既に前回とは違うんだけど。しばらくは元の組織にも連絡を取るなと言ってあるし、こちらの連絡先はそもそも教えてはいない。さて、これでどうにか状況は変わったはずだ。そう、信じたい。

 次は、何をすればいい。

 色んな状況がデジャブの様に脳に溢れて謂れのない焦燥感に鳥肌が立つ。何かしなければと体がむずつくのに何をしなければいいのか分からない。

 メールをした時、書かれていた情報が信じてもらえたのはいつだったか。志保が抜けるのはもう少し後で、その前に明美が死んでしまう。明美にもう少し慎重に動けと言った時は結局いうことを聞いてもらえなかった。FBIが持っている情報とMI6が持っている情報の新鮮な方はどっちだった?メアリーが絡むと少し過激に物事が進むがどこかで誰かの言葉をきいて様子を見てくれたのはどのときだ。

 フラッシュメモリをすごい速度でたどっているように場面と助教だけが現れては消える。そのうちだんだんと何も考えられなくなってくる。

 人が一生懸命思い出しているとこれだ。寝ていたのかぼんやりしていたのかもわからない。無駄に蓄えられた記憶を整理するだけの性能がないのだろう。繰り返しの初め、リスタートの時点が最近飛び飛びになっているせいもあるのか、いつどういう時にこの会話やイベントがあったのか前後が繋がらないことが増えてきた。こんな出来損ないが踠いたところで何か変わるんだろうかと思考に暗い影が刺す。

 ゴチン

 やれることをやろうと決めたくせに。頭を壁にぶつける。思考を切り替えろ。もし彼なら諦めないはずだ。青い大きな目を思い出す。彼のようになりたかった。彼のように自信があって、知識を誰かのために使えて、誰かに必要とされる人間に。目を閉じて天を仰ぎ、ふうと長く息を吐き出す。とりあえず、自分に出来ることを。明美の説得、志保の情報の抹殺。ノックとの接触。簡単なことだ前にやらなかったことをやればいい。それでどうなるかは後で考えればいいのだから。選択肢を増やせばうまくやってくれる人間も増えるだろう。だから俺に出来ることを。

 組織の中で歳をとる。こんなにもずっとここにいたのは始まった時以来じゃないだろうか。背は伸びたけど筋肉もなくて日にも焼けてない見るからに軟弱な体は少し階段が続けば息切れを起こす。もし、いつだったかみたいにライとバーボン達が一斉に乗り込んで来たら絶対最初に捕まるだろうな。もう少し体力をつけた方がいいかもしれないけど設計図とパソコンと手書きのメモやら書類を叩き込んでは吐き出すだけの生活でどうやって運動を取り組めばいいのかが全く分からん。そう思うほどにはここで年数を費やしたのに。

一体どこでバレたのか。せっかく足りない脳を鞭打って働かせたのに。

 まぁ身に覚えは結構あるけど。小さな2人はうまく隠れて着実に情報を集めている様だし、生き残った彼は1人で活動しているようだし。組織の情報を細かくバラバラにしていろんなところに流してあるし、今回はよく動き回ったから鼻のいいコイツにバレない方が難しかったと言ってもいいんじゃないか。むしろ今までよく持ったと思う。

 1人の仕事だとよび出された倉庫には見覚えのある銀髪が紫煙を上げていた。ああ、これはまずったんだなと思うにはうってつけの人物にこれほどの人はいないだろう。ここから逃げたところで1人でジンを巻く自信はないし、どうせどこまでも追いかけてくる。まぁ、今回はここまでか。

 大きく深呼吸をして倉庫の中に入る。着いていたことに気づいていたのか彼は見向きもしない。

「……ジン」

「アドニスのやつが教えてくれてな。お前が組織の情報を流してるってな」

「アドニス?ああ、彼女か」

 確か彼女もフランスの特別介入部隊か何かだったはずだ。そうか。逆に売られたのか。滑稽な自分に思わず笑いが出る。いつだったかライが生きていることを証明して組織の内部に組み込もうとした人がいたはずだ。人選ミス、と言うよりは俺が信用に足らなかった。俺の情報の信憑性や何やらと比べた際にこいつを売った方がいいという判断なのだろう。

「育ててもらった恩を忘れたか」

「勝手に連れてこられただけで恩なんて感じたことなんかない」

「はっ、そうかよ。それで?他に誰に情報を流した」

「さぁ?」

  だってここで答えても逃してくれるわけではないし。戯けるように笑うとジンも答えるとは思っていなかったのだろう、鼻で笑ってタバコを踏みつけて消す。話は終わりということだろうか。

「まぁあとはアドニス本人に聞くからもうお前はいらねぇな」

「そうだろうね」

 あーあ、彼女もただでは済まないな。ザマァみろ。人の好意を踏みにじるとどうなるか身をもって体験してみればいい。それで次に活かしてくれ。彼女に“次”があるのかは知らないが。カチャリと金属が当たる音がしてベレッタの銃口がこちらに向く。変に拷問されて長引くより良かったかもしれない。

 だんだん最後に銀髪を見るのも飽きてきたなぁと笑うとジンが変なものを見るように訝しげな顔をしたのを見てから目を閉じる。

パァアアアン

 何度も聞き慣れた破裂音

 うまく頭を打ち抜いてくれたようですぐに何も考えられなくなる。ごとりと自分の体が人形の様に床に落ちたのだけがなんとなくわかった。

ぼんやりと目が覚める。

 繰り返すうちに最初のような脳を揺らす衝撃を感じなくなった。

 アドニスは残念だけどキュラソーは公安に侵入したときにさようならしよう。仕方ない信じてもらえないものまで拾い上げる度量がない。裏切るとわかっている人間と信頼関係を築けるほど精神は成長していないらしい。何を持っても不完全だな。

 でも、逆にアドニスにさえ情報を与えなければバレないのでは。俺が死んだ時、ほとんどのノックは生きていたし、逃したおかげか俺の情報の信じてくれる捜査官は少なからず居た。しゃべったこともないようなやつも多かったがこの事実はそれなりに心強かった。

出来ることを。

 青い大きな瞳が前を向いている。その輝きを思い浮かべるといつも聞こえてくる『お前のせいだ』と責め立てるたくさんの声が少しだけ小さくなった気がして、こんな人間でも正義を、人のために出来ることがあるんじゃないかと思わせてくれた。

 いつか見てずっと閉じ込めていた戦隊ものの決め台詞が遠くで聞こえた気がした。



 今回は明美も証人保護プログラムを使って名前も友人も奪われはしたが遠い国で生きている。

 日本の公安を頼ってもよかったんだけど組織は今日本を中心に活動しているし隠密しながら生きていくには狭すぎる。ライは全部知っているけどバーボンには言わなかった。日本の警察はきっと志保に明美が生きていると伝えるだろう。けどどうせ知っていても会えないし、志保は抱え込みすぎるようだから負担が少ない方がいい。同じ理由で彼が生きていることをバーボンにはつてない方がいいと俺もライも思ったんだけど日々悪くなっていく顔色に間違えたかなと思わないこともない。

 前回のことを踏まえ周到に選んだノックに地道に情報を流し、ライが動きやすいようにジンやキールの前で死んで見せた後も一部が疑いを持っている可能性を踏まえ情報を書き直したりとか、メアリーと志保が一緒に動ける様に藪を突いてみたり、地味で尚且つ繊細な情報管理をそれはもう頑張った。偶然の出会いを装って人を引き合わすのは難しいことがよくわかった。俺が組織の施設から出れないから余計に面倒だったと思う。それでもなんとか今日がやってきた。

 幹部、ボスの全員が組織にいる日。それはつまり警察の強制捜査が入る日。ライは情報通りに作戦を取りまとめてくれたらしい。事前に言われていた待機場所で小さく丸まって部屋の隅で待つ。正しいことをしたはずなのにこそこそ隠れているのが情けなくて早く迎えにきて欲しかった。正しいことを、したんだよな?抵抗した構成員と戦闘になったのか銃声と怒号が混じる。聞きたくなった。自分のせいで誰かが死んだと思いたくなかった。耳を塞いで目を閉じる。何も分からないふりをした俺を誰か叱ってくれ。

『叱ってくれるほどお前を思ってる人なんかいないよ』

 瞼の奥で今より随分小さい体の俺が呆れるように言う。

「そうだな」

同じように笑って項垂れる。どうしてか無性に泣きたかった。

 虫のように丸まって動かない俺を引き摺り出したのは不機嫌な顔をしたバーボンだった。こんなに繰り返しているのに彼の本当の感情というか、心の底からの笑顔を見たことないなって思った。そういえばまずバーボンですらないのか。手首を引っ張られるままについていく。テキパキと年上のような捜査員にも指示を出すバーボンにこんなに色んな顔を持っていて疲れないのかと思ったが器用な彼だからできることなんだろう。ライは結構早めの段階からジンに疑われていたしバレてからの方がなんだか身軽そうだった。沖矢への変装のクオリティは凄かったけどそれもバーボンに疑われていた様だし、あんまり潜入とか向いていないんじゃないだろうか。

 ぼんやりとされるがままになっているといつの間にか車に押し込められ、いつの間にか色んな書類にサインさせられ、いつの間にか小さな拘置所だった。重要参考人だから、と言うことらしい。そういえば途中からバーボンの姿は見えなかった。ライに関しては組織に踏み込んできたはずなのに一度も見てない。ジンと追いかけっこでもしてるんだろうか。明日から本格的に事情聴取をするから今日は休んでいい、と言われたが初めての場所に思いのほか緊張しているのか脳みそが覚醒したまま横になっても眠気は一向にやってこなかった。

 結局一睡もできないまま明るくなり、制服の警察官に部屋を移動させられる。途中で背広の黒縁眼鏡をかけた男に受け渡される。確か風見と言っただろうか。階段を、3階分上がり、2回右、左に曲がった先にあった部屋に入るように促される。左右にも似たようなドアがあったから所謂取調室というところなんだろう。何もかも言ってしまうつもりだったから今更尻込みするわけではないが、初めての状況でこの先はどうなるんだろうか。正しいルートだったのか、これで終われるのかと考えると少し緊張する。ドアを開けて、意外だったのがそこに座って待っていたのがバーボンだったから。

「こう言うのをいちいちしない人だと思ってた」

「僕の何を知ってるんですか。さぁ早く座ってください」

「確かに」

 さっさと済ませよう、という副音声が聞こえたようで向き合う様に座る。そこから無駄口を叩かなかったおかげかバーボンの機嫌が悪くなることはなかった。組織の情報を流し始めた頃から順番に聞かれたことに答えていく。何故情報を流そうと思ったのか、と言う質問の意図が理解できなかった。だってそれを聞いたからといってなんになると言うのだろうか。正しく死ねないからだよ、と答えるわけにもいかず間が空く。

「正しさに憧れたから?」

 正義と、終わりと、彼に、憧れたから。

「それだけの理由ですか?」

「人の行動を起こす理由なんてそんなものだよ」

 我ながら子供じみた答えだと笑いが出る。バーボンは納得していない様子だったが深く追及はしてこなかった。それから知りうる組織の内情を話していく。構成とか他の組織との関係性とかを用意された用紙に書きながらの説明をしていくと思ったより時間がかった。
 同じようなことを一日数時間、何日間かかけて行う。今日は何日目だっただろうか。同じ様な話をしているせいか、同じ場所にいるせいなのかよくわからなくなってきた。取り調べの相手はずっとバーボンだった。時折そんなことまでしていたのかと言うふうに表情を変えることもあったが、淡々と進んでいく。こうした勾留には時間の制約があったり受ける受けないはある程度決められたはずだがあの施設が取り押さえられている今の俺には帰るところも金もなかったしちょうど良かった。与えられた口座のカードも何もかもが皆んなあの施設に取り残されている。俺からあそこを取り上げると何も残らないんだな。

 ようやく、大体の知りうる情報を吐き出した。幹部構成員のセーフティハウスから使っている偽名、特徴のあるタトゥーや関連の企業に組織。はんばやけくそだったがまぁ役に立つならそれでいい。

「これで一応の取り調べは終わりです。協力していただいたので多少の制限はありますが刑が確定するまでの裁判中は比較的自由に動いてもらって結構です。ここからが大事な話ですが、FBIのようにとまではいきませんが積極的に協力していただいたので多少、径が軽くなるように検察の方に働きかけることができます。弁護士にも望む刑期を伝えますので教えてください」

 全部何もかもしゃべったせいなのか、俺に対する印象でも変わったのか最初よりいくぶんか穏やかな表情のバーボンが記録用のパソコン入力を止めさせて提案してくる。

「何も望まないよ。あ、そうだな。じゃあ出来うる限りの最も重い刑を」

「何を言ってるんですか。そんな扱いできるわけないでしょう」

「最後に同行したからって髪の毛の先まで犯罪者であることには変わりないし。結局人を殺す道具しかり、組織のためになることをしてきたことには変わりないんだから。もう、どうにもならないでしょ。悪人は裁かれなきゃ」

 そうでもしなければ何より俺が納得しない。ヒーローにはなれなくても悪人である責任くらい取らなければ。それに俺がしたことの罪が軽くなると組織にいた俺の存在意義さえなかったような気がして恐ろしいのだ。俺がいた事がなかったことになる恐怖。散々死にたいと思っているのに矛盾している。誰かに覚えていて欲しいのか、最初から存在しなかった様に消えてしまいたいのか自分でもわからない。

「それにもし、生きていて刑期を終えた後に他の組織や誰かに拷問でもされたら今と同じように全部喋っちゃう自信あるしね」

そうなったらバーボンも嫌でしょ?と笑うが返事はなかった。

 一旦拘置所に戻り、部屋を移動すると言われて大人しく準備をする。準備といってもここで与えられたものしか持っていないんだけど。これからは裁判の準備に入るからいつまでもここにいるわけには行かないからと言うことらしい。行くところが決まるまでは部屋を移動して、そこからホテルなりなんなりを決めるそうだ。身内がいないから監督する人間を準備したりとか、弁護士とかの手続きが多いらしい。少ない荷物を持って迎えにきた警察官従って一歩踏み出した時だった。遅れた、といって走ってくるもう1人の制服になんとなく違和感を覚える。服じゃなくて、髪型?ヒゲ?なんだろうか。

 ポシュ

 違和感の正体を見抜けぬうちに聴き慣れたサプレッサーの音が聞こえたと思ったらゴブリと口から何かが溢れて息ができない。

「ごふッ、がッ、ぐ」

 溢れる赤い泡に溺れそうになる。肺に穴が空いたのか酸素が回らず空気が漏れていく。

「お前のせいだ。お前のせいで組織がなくなり俺の居場所も無くなった!大金を稼いで楽をする予定が泥水を啜る様になったのもお前が!お前が!!!」

 なんとなくおかしいと思ったらこれだ。ようやく気づいた違和感の正体は不自然な肌色と隠しきれないタトゥーだった。それにしてもこんな警察官が多いところでこんな俺のことをわざわざ殺そうと思ったな。わざわざ警察官の格好までしてこんな下っ端のためにご苦労なことだ。それだけ恨みが深かったと言うことか。本物の警備員に取り押さえられ引き摺られながらも何かを叫んでいて、なんだが笑いが出る。俺がどれだけ頑張ったってどこか知らないところで恨まれ、殺されるのか。結局、こんなクズが頑張ったところで何も変えられはしないと言うことなのか。

 床に丸まって必死で息をしようとする俺はどれだけ惨めに写っているんだろう。いや、皆アイツを取り押さえるのに必死で俺なんて見てもいないか。息を吸い込めば激痛が走り吐き出そうとすれば赤い粘着質なものが気道を覆って咳き込む。

 周りが騒がしい。いろんな人の靴が目に入る。新しく駆けつけた靴の先を視線で辿れば、明るい髪色と整った顔。大きく見開いた目が揺れている。はは、結局こうなったよ。法律で裁かれなくてもどこかで罰が下る。自業自得だって笑ってくれ。呆然と立ち尽くすバーボンをぶれる視界に捉えるがどうやら笑ってはくれないらしい。持ち込まれたタンカに乗せられる振動が刺すように全身を刺激する。もう長くないことがわかる。もういい、もういいよ。どうせすぐ死ぬ。

 大事な情報源だからか、我を取り戻して俺の側にきたバーボンの胸ぐらを掴んで顔を口元に寄せさせる。死に際の馬鹿力なのか、バーボンがあっけに取られていたせいなのかは分からないが都合が良かった。

「スコッヂ、生ぎで、る。ぐッ、ほんどはッ、ゴボっ」

 早く言うつもりだったんだけどごめん、と言ったつもりだったけど血と唾液とが絡まって聞こえたかどうかも分からない。なんならスコッチが生きていると伝わったかどうかも定かじゃない。ごめん、ごめんね。大事な人を奪って、隠して。しんどかったよね。ごめんなさい、ぼく、どうすればいいのかわからなくて。どうすればよかったんだろう?最前だろうと思った策だったのに体液が混じった咳に思考が奪われていく。俺が彼やバーボン、ライだったらもっとうまくやれるんだろうな。

ごぶり

 命が溢れていく。

ごぶり

 必死でかき集めた情報が溢れる。

ごぶり

 鉄臭い赤い泡と共に祈りが溶けて消える。

 何を祈ってたんだっけ、

『スイ!』

最後に名前を呼んでくれたのは誰?

 そういえばライも事後処理を一緒にしてたから、スコッチが無事で情報収集とか各国の警察組織との調整に手を貸してくれていたことをもう知っていたかもしれないから俺が要らぬ気を回さなくても良かったのかもしれないと気付いたのは次に目が冷めた時だった。


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