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 あ、と思う暇もないほどなんのモーションも脳みそが出ているようなフォルムの男はなく肘を握り潰す。
グシャ

っと音がして、呻き声が聞こえる。視覚から与えられる情報に自分の中で何かが切れたのがわかる。コイツはダメだ。異形とも違う。思考がない。ゾンビと一緒だ。何も考えずただ壊すだけの生物兵器。

「対 平和の象徴。怪人、脳無」

やれるもんならやってみろと言いたげに紹介を始めるガキの声は耳に入るのに聞こえるだけで脳まで届かない。脳無の背中から透過した手を突っ込んで心臓見つける。掌で覆った瞬間透過を解除する。図体がでかいだけあってもとより硬い筋肉でできている心臓も肥大化してなお硬い。

片手じゃ無理か

 遊ばせていた左腕も突っ込んでガッチリとぬるりとした暖かく拍動を刻む心臓を掴む。刺されたようなバットでぶん殴られたような衝撃が走るはずの脳無はそれでも声も上げず、動かない。気色の悪いもん作りやがって。

 暴れ回るように拍動を打っていた心臓の力が弱っていくのを確認して手を透過して引き抜く。コイツの体内で透過すれば俺は血の一滴だって被らない。動きの止まった脳無を相澤さんから退かすために横向きに蹴るとどすんと重い音を響かせて倒れる。

「は」

 地面に伏して荒い息をしながら「名前?」とこちらを見る相澤さんを一瞥して何が起こったわからないといった様子のガキを見据える。

「ヒーローvsヴィラン?いいよね。一番強いヒーロー殺せばヴィランももっと自由に遊べるかな。楽しそうだよね、わかる。で?そのあとは?」

 池の中に生徒が3人いるのが視界にはいる。見られちゃったかな、まぁいいか。

「ヴィランが勢力を確立して世の中は大混乱。でもそれは一瞬だ。人間は結局今までの生活を変えられない。特に日本人でしょ?皆、規範の中で正しく生きてきた人間だ。その中でまたお前らは異端児で外れもの。その時鬱憤を晴らすオールマイトはいない。どうすんの?コソコソこすい犯罪して満足して暮らすの?...こんな気色の悪いもん作って結局お前がやりたいことって何?」

 ガリガリと首や頭を掻いて落ち着きの無いガキをじっと見据える。視線を切るように頭を振り乱して

「ムカつくムカつくムカつくそんなの知るかよ」

 と叫ぶコイツは誰に唆されたんだろうな?いや、関係ないけど。

 ゆっくり一歩ずつ近づく。俺がここに戻ってきたのが運の尽き。俺が殺伐としてヘルサレムズロットで生きてきたのが運の尽き。俺が、人を殺そうがなんとも思わないのが運の尽き。

 もうあと数メートルというところで男の横にモヤが湧く。

「1人逃げられました。時期応援が来るかと」

「...は?....。はー....さすがに何十人ものプロ相手じゃ叶わない。今回はゲームオーバーだ。....帰ろっか」

「帰れると思ってんの?」

 呑気に喋り始めたのが癪に触る。

「ただでは帰らないさ。平和の象徴の矜恃を」

 一旦言葉を区切って後ろを振り向き、覗いていた3人に襲いかかる。壁や人体を簡単に崩す手が梅雨ちゃんに伸びる。

「させねぇつってんじゃねぇか」

男の真横についてその手の先、指を掴かへし折る。実体化した俺の手を反対で掴むが崩れない。

「......本っ当かっこいいぜ、イレイザーヘッド」

 顔を上げた相澤さんが目をかっ開いてコイツの個性を消したらしい。

「こっちも、へし折っていんだよね」

 俺の手を握る指に視線をうつす。終始自分の心音が聞こえる。冷めた自分を自分で冷静に見ているのがわかる。ああ、本来は自分はこっち側だ。

「手っ...!離せえ!!」

 水音を立てて緑谷が殴りかかる。こういう時の瞬発力はピカイチだよな。巻き込まれないようにゆらっと体を消す。

「脳無」

 残念だったな。もう動かねぇよ。

そう思っていたがデカく黒い塊が突っ込んでくる。チッ、一時的に止まっただけで完全には殺しきらなかったか。鈍った勘と小さな体が憎い。

 緑谷の懇親の一撃が全く効いていないのかよろめきもせず立ち続ける。殴り飛ばす勢いで殴った茫然とした表情のまま緑谷はバランスを崩す。脳無が殴りかかって腕に手を伸ばすのを見て実体化して緑谷に体当たりして退かすと自分の二の腕を掴まれる。

「チッ」

 透過して逃れようと意識を集中させているとUSJの入り口の扉が大きな音を立てて吹き飛ばされる。

「もう大丈夫。私が、来た」

 圧倒的な声量と存在感。

「おせぇよ」


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