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「雄英体育祭が始まディエビバディアアァアユウレディイ!?!」
ひざしさんの、テンションがやべえ。
「すごい、耳がギンギンする。人多い。メディア多い。写りたくない。露天まで出て一般客チケット制とかまじで何事?体育祭ってこんななの?プロムメインの盛り上げ会じゃないの?」
チラッと会場を見てきて人の多さにげんなりした。たかだか高校生の運動会でしょって思ったけどこの熱量に緑谷が言ってたオリンピックの代わりに納得した。でもね、この世界じゃどうか知らないけど人狼は消えてなんぼなんですよ。隠密行動が基本で顔は出さないんです。つまりメディアに写りたくねぇんですよ。体操服に着替えて控室の机に伏す。俺のテンションはだだ下がりである。
「頑張ろうね!」
かちこちの表情と声でソワソワと話しかけてきた麗日はずっと立って緊張してます!っていうのがヒシヒシと伝わってきて、こういう人がいると逆に周りの人間って落ち着くよね。
「がんばろーねー」
笑って返事をするとうんうんうなずいて今度はまた違う子に「がんばろうね」と話しかけてる。大丈夫か。
「お前はやる気なさすぎだろう。どうなってるんだ」
尾白が呆れ顔でこっちを尻尾で指してくるので捕まえて毛をかき混ぜる。
「あーあーあー、これっぽっちの癒しじゃダメだ」
「勝手に触っといて...ん?」
尾白の視線が俺から緑谷と轟に移る。なんか珍しい組み合わせだよねと言いながら一緒に視線を移すと、まさかの宣戦布告。轟くんのプライドというか自信というかどっから来てるんだろうか。高校って仲良しごっこしてなんぼじゃねぇのか、俺の感覚がゆるゆるなのか。
「いいね、ああいうの。へし折りたいね。爆豪とかも」
「名前さ、横でぼそっと怖いこと言うのやめて」
特に割って入り気にもなれず、なんかこの子らとのテンションの差がすごい。なにもかもはメディアと人の多さのせい。そして体操着に着替える度に思うけどこんなに全員で服装って揃えるもんなんだなって。最初は刑務所かよって思ったけどこの世界ではなのか日本ではなのか普通らしい。スカウトがくるらしいのにこれでいいの?番号とかふらないの?なんてぐだぐだ考えながら緑谷と轟を見ていたらまさかの緑谷も受けて立つ宣言にはちょっと「おお」ってなったけどね。
アナウンスが流れてアリーナに移動する。嫌すぎてしばらく動かなかったせいで引きずられてる。尾白の尻尾に。あと障子が手を引っ張ってくれてる。
「この注目度とテンションについていけない」
わぁあああと歓声が上がる場内の熱気がねすごい。おうち帰りたい。
「まだ言ってんのか」
尾白がずっと呆れ顔なんだけど。学年別っていうのが全生徒の人数というか学校の規模の大きさを物語ってるよね。ぼんやり開会式を聞いていると選手宣誓で爆豪がらしい宣戦布告をして大ブーイングが起こる。普通科の生徒とかが主に。ヒーロー科を目指して入ってきた彼らにとってライバルというか劣等感の塊であるA組を直接的に叩けるのはこういう場だけらしいので盛り上がるのも仕方ない。あわよくば自分の方が使えるよってアピールもできるもんな。全員が敵ですよ。
「なるほど、じゃあ俺は1位のやつ全員倒せばいんだな」
「なにがどうなるほどなのか教えてくれ」
「出鼻を挫く?」
「なんのだ」
「青春の?」
「やめてくれ」
うだうだ言いながらまた障子と尾白をはじめとした周りの面々が「まぁ頑張ろう」って宥めてくれるのですごい大人げないなって思ってきた。切り替えよう。ため息を吐きながら今日も際どいコスチュームのミッドナイトがテンションを上げて叫ぶ言葉を聞く
「さぁーて!早速第1種目の発表よ!それは!障害物競走!」
初手から、全員参加だったやつじゃん
やっとちゃんとしようと思ったのに早速過ぎる。やる気の速度がついていかない。
「棄権ってあるかな」
「ないだろ」
尾白に乗って行ってもいい?ダメ?あっそう。ぐぐっと伸びをしてスタートラインに移動する。まずスタート狭くない?マラソンの走順が抽選なのを思い出すわ。先頭にいるやつ優位すぎんでしょ。コースさえ守れば何をしたっていいってことは障害物を全部よけてもいいってこと?全員ぶん殴って沈めていいってこと?そんな力ないけど。クラウスさんのバゴーンってなる血術貸してほしい。みんなむちゃくちゃ身構えてるけどおんなじユニホームなのほんとやめて。順位速そうな爆豪とかが後ろ姿じゃわかんないんだけど。
F1のスタートの様に三つのランプが順に点灯する。こういう『何秒前』みたいなのって時に何があるわけでもないけど凄い緊張するよね。
「スタート!!!!!」
スピーカーから流れる爆音と人に押し出される感覚にとりあえず自分を薄める。なんか、ヘルサレムズロットでの元の自分を思い出して子どもに混じって何やってんだろうな、俺って思えてきた。だからちょっと鬱陶しい人混みを解消すべく周辺の生徒を何人か沈ませる。この前のヴィランの件とか相澤さんの退院早すぎのストレスとかではない。決して。
寒いと思うとほぼ同時に足元がパキパキと音を立てて固まっていくので氷切ったところで上を滑る。宣言通りに轟はやる気マックスみたいで何より。
クラスメイトが続々とその氷を避けながらその他大勢の氷に阻まれた人の壁を越え前に進む。まぁクラスメイトの個性はみんな把握してるしなぁ、って様子を人の頭の上から消えて見てたんだけどおんなじ様に人の上に乗ってる奴いて近く。
「どうなってんのそれ」
思わず声が出たけどなんか目の焦点が合ってない生徒3人くらいがソイツを持ち上げて進んでる。そういう友達にしては下のやつの意識なさ過ぎるよな。
「どうなってんの?」
気になり過ぎて下で支えるうちの1人の頭に乗って軽く姿を出す。目を白黒させながら訝しげにこっちを見る長い赤毛を後ろに流した生徒はなんでもあり個性に慣れているのかすぐさま俺を受け入れたのかはっと笑う。
「こっちが聞きたいね、A組個性」
「そんな警戒しなくても」
そう返事をした瞬間、何かが脳みそに入ってくる様な得体のしれない気持ち悪さを感じてそれを振り払う様にして自我を強く保つ。なるほどこういう乗っ取りか。
「いんじゃない?」
頭を少し振って続きを言うと覇気のない目が見開かれて笑みが出てしまう。そんな驚くないよ。こっちは脳みそ引っこ抜かれて遠隔操作とかあるんだぞ。ある程度の呪いや洗脳の類は跳ね返せるわ。はははは。誰にも通じない常識を思う虚しさよ。
「......なにお前」
すごい怖い顔で見てくる彼に手を振ってすっと消える。ちょっかいをかけるだけみたいになってしまったが気になってしまったので仕方ない。そのあともひょんひょんと人の肩たら頭を踏んづけながら先に進む。出力少な目なうえこの雑多なので誰も踏まれたとは思ってないだろう。
「先で凄い機械音聞こえるのは気のせいだと言って」
独り言は虚しく消えていくが音は決して消えない。いやだわ〜最初の障害から飛ばしすぎだわ〜。コースが少し開けてきた先を見るといつかみたデカいロボが並んでる。
こうなったら全部壊してネズミに経済的負担をかけていくのもいいんじゃないか。
吹っ飛ばされた峰田を尻目に緑谷の横で姿を現す。
「やっとやりがいを感じ始めた」
「名前くん!」
急に現れた俺に驚く緑谷に勝手に肩を組む。「今更!?」って緑谷が大きい声で言うもんだから耳がキンキンする。スロースターターなんだよ、やる気が。
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