1
太郎さんは兄さんの友達だ。
「あ、君がケイくん?お兄さんの友達なんだけど」
誰だコイツはという顔がわかったのだろう。慌てて「あ、ほら電話」と携帯の画面と電話先から「蛍〜」という兄の脳天気な兄の声が聞こえる。
「お兄ちゃんの代わりに迎えにきました〜」
同じような脳天気な声を出す太郎さんに「はぁ」と返事したのが最初の出会いだった。
「蛍くん〜、乗って帰る?あ、友達も一緒か」
こうして帰り際にみかけると車やバイクに乗せてくれることが増えた。部活終わりなので先輩や山口たちに会う機会も増え、兄に誘われたのか部活に顔を出す機会が増えた。
「太郎さんはなんで高校生の部活手伝ってるの?別にバレー詳しくないんだよね」
運転している太郎さんに唐突に話しかける。大学の講義もレポートも大変だって言ってたし、バイトも入れてると聞いた。それだけ忙しくてなんで僕たちに構ってられるんだ。きて欲しくないわけじゃない。純粋な疑問だった
「うーん、見てて楽しいから?俺そんなにスポーツ得意じゃないんだよね。観戦は好きだけど。それが間近で見られて日々成長してるのがわかるのは楽しいよ。まぁ月島に洗脳されたっていうのもあるよね」
ケラケラと笑う太郎さんにふぅんと返事をする。それだけで他人が頑張っているのを応援できるだろうか。他人のために動けるんだろうか。僕ならできないと思う。
「烏養さんに頼まれたっていうのもあるけどね!」
無理強いとかされたわけじゃないんだけど、俺が断らないこと知ってて言うんだもんなぁとブツブツ言っているが、初めて聞いた。
「え、知り合いだったんですか」
「親同士が仲良かったんだよ」
知らなかった。最近では日向や影山意外にも先輩達とよく話している姿を見かける。知り合ったのは僕が一番だったはずなのに。子どもじみた嫉妬だっていうのはわかってる。それでも「今帰り?」と笑顔を向けてくれるのは僕だけにだと思っていたのに、烏養さんとも知り合いで「時々飲みに行くんだ」なんて未成年で子どもの僕には入っていけないじゃないか。
大人になればこんな感情にも折り合いがつけられるのだろうか。太郎さんが誰と仲良くしていようと平気で、嫉妬心なんかわかない。部活じゃなくても、友人の弟じゃなくても「蛍くん」と呼び出してくれるだろうか。
「太郎さんなんか今日機嫌よくないですか?」
休憩に入った時スポドリを受け取った西谷さんが聞く。僕もずっと思っていた。いつもニコニコしている太郎さんが、いつもの倍くらいニコニコしている。盗み聞きをするつもりはなかったけどつい聞き耳を立てる。
「わかるー?なんとなんと彼女ができました!」
「まじですかー!!」
うぉおおと盛り上がるみんなと裏原に体が動かない。彼女?聞いてない。そんな話聞いてない。
部活が終わって、「じゃ、俺は蛍くんと帰るんで〜君たちは頑張って歩きなさい」などと戯れている太郎さんに、“僕だけが特別じゃないくせに”とは言えない。
「僕、聞いてないんですけど」
「言ってないっけ?まぁできたの今日だし!月島には自慢済みだけどね蛍くんもモテるだろ。彼女はいいよ」
「そう言ってすぐ別れないといいですね」
「やめて」
彼女の見た目の話とかここが可愛いとか言っているが全然頭に入ってこない。僕が彼女とか居て、話を合わせられればこのずしりとした胸の重みは取れるだろうか。今、全然全く彼女なんて欲しいとは思えないけれど
「蛍くんは背が高くて頭もよくて優しいのにね。俺がおすすめするのにってこれじゃあ月島とおんなじこと言ってるかもしんない」
ねえ、じゃあ僕じゃだめだの?
いや、違う。こんな感情は思春期の気の迷いで大人になった消えるのだ。若かった、馬鹿だったと笑えるのだ。
「蛍くん」
そう言って優しい顔で頭を撫でてくる太郎さんが憎い。歳の差が憎い。
ねぇ、太郎さん。大人になった僕でもそう言ってくれる?
きっとこの感情を持ったまま大人になった僕はあなたを逃してあげられない。
口にはだせないまま、車を運転する太郎さんの横顔を見つめる。子どもの嫉妬の成長か、大人の情欲の成長か。もう少し、待っていてと唇だけを動かした
- 10 -
*前次#
ページ: