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「待って、待ってくれ。話がしたいだけなんだ」
両手を上げて危害を加えるつもりがないことを伝える。額に火傷の跡のような痣がある子どもはこちらを見ながら1度鼻をならし、ゆっくりと手を下ろす。桐箱からはなんとなく似たような気配を感じてつい呼び止めてしまった。警察のように正式な組織ではないため刀を所持していることが多くの人目に触れると面倒なのだと少年が言うので人目の少ない街外れに移動する。警戒しているのだろう、少年は俺の半歩後をついてきた。
「それで、話とはなんですか」
はきはきとよく通る声だ。鬼であると気づいているのだろうについて来て話まで聞いてくれる。元々優しい性根なのだろう。鬼滅隊員の多くが家族を殺されていると聞いたことを思い出して申し訳ない気持ちになる
「君が鬼滅隊という者なのか。なぁ、頼む。一思いに殺してくれ」
懇願すると少年は戸惑っているようで事情を聞かせてくれ、と言った。
「俺は鼻が効くんです。あなたからは血の匂いが全然しないし、敵意も感じないが鬼であることはわかります。何があったんですか」
真っ直ぐ目を見て真摯に話を聞いてくれる少年にあったこと全てを吐露した。
爺婆の言いつけを守っていたこと、ある日の夕方山道を歩く男を泊めたこと、無惨と名乗るその男に体を変えられてしまったこと、どうしようもない飢えに苦しみ自分の身を食べていたこと。切っては生えを繰り返したせいか、太ももにはグルリと一周する傷痕ができた。
少年は黙って俺の話を聞いた。嘘だと笑い飛ばすこともなく真面目に。時に眉を潜めて悲しげに。その表情を見て「ああ、俺は誰かに聞いて欲しかったのだ」と気づいた。無惨に鬼に変えられて初めて涙を落とした。
竈門炭治郎と名乗った少年は、今度は自分の話をしてくれた。たくさんの弟妹がいてその家族を自分がいない間に失ったこと、妹が鬼にされてしまったこと、その妹を人間に戻すために頑張っていること。
「太郎さんもきっと人間に戻れるはずです」
そう言って手を握ってくれた彼は暖かかった。そして、鬼滅隊をまとめるお館さまと言う人に手紙を出してくれると言うのだ。
「いい、いいんだ。そのような場所に鬼が行ってはその方の面目も立たないだろう。それに俺が人を食っていないと証明できるものはなにもないのだ」
少年の妹が鬼になった時、助けてくれた鬼滅隊士と少年を育てた剣士の様に俺が鬼になってから彷徨い歩く間を知るものは誰もいない。今は人を見ても血の匂いを嗅いでもなんとも思わないし、血の匂いはむしろ自分の肉の味を思い出してしまうのでできれば嗅ぎたくないが、これから先、絶対に人を襲わぬという保証はないのだ。
それでも!と自分以上に必死な彼を見て折れたのは俺だった。文は出してくれて構わないが、もし扱いが決まらぬ場合は殺すという約束で。彼はなかなか了承しなかったが、元々戻れぬなら死ぬつもりだったから、頼むよと言うと辛そうな顔をして頷いてくれた。件のお屋敷から返事が来るまでいる旅館の場所を言い残して彼と別れる
手紙の返事が早いか、俺が無惨が探す太郎だと気づく鬼が現れるのが先か。
どうして、彼、無惨は俺を探せと言いつけたのだろうか。出会った鬼の話ぶりと俺が過ごした一夜の感想として彼はそんなに他人に興味があるとは思えないのに。
昼間、日に当たらぬよう泊まる座敷の中で考えるが一向にわからなかった。本人に聞くにしても、刀も振るえぬ俺ではきっと彼の首を落とせないだろう。もしかすると鬼の祖たる彼には逆らえぬようにできているかもしれない。
考えれば考えるほど八方塞がりのように思えてならなかった。
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