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「それで?」

 折角もらったし一本は吸いきろうと思って浅く煙を吸う。

「ん?」

「太郎と言ったか。この後はどうするんだ」

「スーツはもうあきらめました...。雨の中突っ切って帰ってビールでも流しこもうかな、みたいな?意外とそれはそれで充実した休みだって思い込むことにしようかと」

 べちゃべちゃに濡れて家に帰って着替えてまた出る元気はないよ、俺。もう今日はついてないんだ。

「あ、タバコありがとうおにいさん」

 いつもの習慣なのか飴はポケットに入っていたので真っ黒いおにいさんにあげる。なんで飴は持ってて財布はもってないの?可哀想なのでいらなくてももらうだけもらって。

 切に願っていたらおにいさんは受け取ってくれました。

「暇ってことか。来い」

「え」

吸っていたタバコを灰皿で潰したおにいさんに手を引っ張って高そうな車に押し込まれる。え、誘拐?

 あれよあれよという間に高そうなお店に連れてこられて、試着室でパンツで採寸されてる。何事?ワイシャツを着させられて、羽織ってみてくれと言われたジャケットを着たらずずいっと真っ黒おにいさんの前に差し出される。

「次」

 もう2回は着たよ。しかも高そうすぎて怖い。ジャケットの裏地の色まで選べる仕様の仕立て屋さんとか初めてでちきりまくってるよ!まじこわい。

 「おにいさんどう?スーツの良し悪しとか分からんよ俺」

きょどきょどしながら試着室から押し出される。やめて、いい歳してきた服見てもらうの恥ずかしいから押さないで。

「ふん、いいじゃねえか。着替えてこい」
「おい全部包め」

「承りました」

よくみないと分からないくらいのストライプとすっごい肌触りの良いワイシャツとベスト、カフスからネクタイまで全身おにいさんチョイス。靴もな!革で今は硬いけど履き慣れたら柔らかくなるんだって。合革じゃないんだって...。

「あー、スウェットが楽〜」

 やっと終わってきてきた服に戻ると開放感が凄い。おにいさんの元にいって疲れたっていうと笑ってた。
「じゃあ次だ」

「次!?」

また黒塗りの車に押し込められる。おにいさん強引すぎん?楽しいけどね!

 次はなんと高そうなステーキのお店だったよ一見さんお断り感がすごいとこにズイズイ進んでいくおにいさんについて行ったら鉄板の上で焼かれる、分厚い、肉。

「うまい...」

 尻すぼみに言葉がでるけど上手いしか出ない。人間まじで上手いもん食うと語彙力というか思考力奪われる。最近もご飯がインスタント塗れだったからかも知んない。上司からの手料理とかあったけど目の前で食って感想言うまでがセットだったから緊張で味なんかわからなかったし。

「おにいさん食べてる?むっちゃ美味しい。食べた方がいいよこれ」

 ほとんど食べずにこっち見てるおにいさんの前にお肉を置いて自分も食べる美味しい

 すっかり満腹で、また黒塗りの高そうな車に押し込められて1回どっかに寄ったあとお家だよ!送ってもらってしまった。やべぇ、知らない人に家バレたって思ったけど俺が公安って知ってるの職場の人の一部だし、現場に出てないので別に秘匿にしろとは言われてないからまぁいいか

 助手席を降りて「今日はめちゃくちゃ楽しかったです!お肉!やべかった!御馳走さまでした。」

 早口で感動をまくし立てる。最悪の1日が最高の1日になるとは思わなかった。

「ああ。またな」

後部座席にあった紙袋を窓越しに渡されて「なんの紙袋だ?」って思って受け取ったら車は颯爽と走りさっていった。

 美味しかった〜と名残惜しくも部屋に入り風呂を沸かす。せっかくの休みの日ですし?湯上りにビール?むふふ

風呂上がりのビールは最高でした。そういえばおにいさんがくれた紙袋なんだろうと思って開けるとスーツと、革靴の箱。エッこれやばい値段してたよね?エッさっきの店のやつでしたよね?お礼っていうか返金!?って思って玄関飛び出して気づいたけど名前も連絡先も知らんぞ...。

 スーツ屋さんに問い合わせても存じません。あなたの体に合わせた物ですから他の方にはあいませんって言われて大人しく貰っておくことにした。俺の好きな色だったし、明日からこれ仕事着ていこうって思うとちょっとテンション上がるよね。ヨレヨレスーツでありう風見にいちゃんに自慢してやろう。

 この時はまさか一年に1回か2回のペースで家の前まで真っ黒いおにいさんが迎えに来てご飯を食べに行くことになろうとは思ってなかった。

 おにいさんのお名前は黒澤陣さんっていうんだって。

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