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 黒尾さんが記憶を失って自分のことを忘れられても泣かなかった太郎さんが泣きながら電話をしてきた。

 木兎さんに太郎さんのところに行ってくると声をかける。木兎さんも黒尾さんを通じて太郎さんのことを知っているので「よく見てやってくれ」と送り出してくれた。

 泣いている太郎さんをファミレスにつれていくのも忍びなくて、駅から近くてベンチもある公園を集合場所にする。

 先についていた彼はベンチに腰掛けて、虚な目で遠くを見ていた。一頻り泣いた後だったのだろう、涙はもう乾いて目の周りが腫れぼったくなっている。

「太郎さん?大丈夫ですか」

 声をかけてようやく僕に気づいたのかゆっくりと僕の方をみて弱々しい笑みを浮かべたあと、顔をくしゃくしゃに歪なせて一度は収まっていたであろう涙がまた川のようにように溢れてくる。嗚咽を漏らしながら僕の方を見て、焦点があっていない動揺した様子でまとまらな言葉を吐き出す

「ねぇ、赤葺どうすればよかったの。俺は、何が、何を。全部遅かったの?全部俺が。ねえ、俺と黒尾ってちゃん恋人だった?」

 支離滅裂で、要領を得ない太郎さんの肩をさする。スマホで月島にも来れないか連絡をする。たぶん、彼が今日黒尾さんのいる部屋に帰るのは無理だ。

 ゆっくりと時間をかけて落ち着かせる。どうやら、黒尾さんに彼女ができたらしい。太郎さんは自分が恋人だと名乗らなかったから何もいうことができなくてそのまま飛び出してきたらしい。

 何をやってるんですか、黒尾さん。記憶をなくす前の黒尾さんはそれはもう太郎さんにベタ惚れだった。もともと2人ともノーマルで、高校の部活を引退したころに話すようになってお互いに惹かれていったと聞いている。付き合うまでの葛藤や話し合いを重ねてきた上で晴れて恋人となった二人は他人から見てもお互いを尊敬し合ういいカップルだった。いつだったか太郎さんのいない飲みの席で黒尾さんが「太郎が可愛くて愛しくてしょうがないのよ、俺は」そうやって砂を吐くような台詞を本当に慈しむような声音で言っていたことを思い出す。それなのにこんなにこの人を泣かせてどうするのだ

「俺は、黒尾の記憶を取り戻せるほど彼の中に居なかった。ご両親が、俺のところに置いて帰ってくれたのに、それも意味なかった。元々モテるんだ、アプローチでも改めてすれば」

 独り言のようにボロボロと泣きながら溢す太郎さんはこの前呑みながら話を聞いた時よりも切羽詰まっていっぱいいっぱいのようだった。

「大丈夫ですか」

 頭をぐちゃぐちゃとかき混ぜながら泣く太郎さんを見て、合流した月島が僕に聞く。

「どうだろう、限界なのかもしれない」

 髪を引き抜くような、皮膚を引っ掻く手を「傷になりますよ」と握る。その手が小さく震えているのがわかる。

 僕たちは、黒尾さんと太郎さんがこのままずっと続いてくものだと思っていた。太郎さんもそう思っていたのだろう。きっと、黒尾さんも。

 ことのあらましを月島に説明すると大きなため息をついて「なにやってるんですかあの人」という。まったくだ。

 どうにか落ち着かせて、というか泣き疲れた太郎さんを連れて帰る。

 どうかこの2人がしあわせになれますように

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