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「大丈夫、頭冷やしたら帰るから。それでちゃんと恋人だったことを伝えて上手に離れるから」
そう言った太郎さんからの電話は2日経ってもなかった。会社も無断で休んでいるらしい。あの電話のあと「ごめん」というメッセージが来て何事かと連絡してきた月島と木兎に太郎さんから聞いたことをかいつまんで話すととりあえず家に行って帰ってきていないか確かめてみようということになった。
仕事終わりや練習の合間を縫って集まった3人で部屋を訪ねる
「はーい」
と出てきたのは気まずそうな顔をした記憶がまだ高校生で止まっている黒尾さんでした。
「なぁ、太郎は?帰ってきてない?」
「あー、実は喧嘩じゃないけどちょっと気まずいことがあってそっから太郎サン見てねー」
「聞いてる。なぁ黒尾どうすんの?このままじゃいけないって分かってんだろ」
「ちょ、木兎さん」
「わかってる。でもな、赤葺。高校生止まったとはいえコイツだってあの指輪をみてわからねぇほど馬鹿じゃないだろ。なぁ?」
煽るような木兎さんを止めようとするが、たしかに僕の知る黒尾さんならばいくら高校生であっても一緒に暮らしている太郎さん、指輪、今までの言動を考えれば恋人だったと気づいていて間違いない。でも、それを受け入れられるかどうかは別の話なのだ。
「たぶん、本人が一番考えてることだと思いますから。でも」
記憶がない、高校生、彼女がいる、男同士
「それでも、太郎さんを傷つけたら許さないからね」
じっと黒尾さんを見ると気まずそうに視線を彷徨わせる。まだ何か言いたげだった木兎さんも月島もじっと黒尾さんを見ていた。
「とりあえず、太郎さん探しませんか。本人の安否が一番デショ」
全くだと頷いて部屋を後にする。あの部屋だって二人が好きなものを集めたような空間だったのに。他人の僕でもわかるそれを仮にでも黒尾さんが気づかない筈はないのだ。
それから2日ほど経ったときだった。太郎さんは相変わらず家に帰っていないようだと月島から連絡をもらったその日。仕事中にかかってきた知らない番号からの着信音に何かざわめくものを感じて恐る恐る通話ボタンを押す。
「もしもし」
「あ、赤葺さんの携帯ですか。警察のものです。少し確認していただきたいことがありまして。今日の何時でも構いません。今からお伝えする住所の警察署まで来ていただけますか。身元の確認をお願いしたいんです」
一瞬時間が止まった気がした。太郎さんのことだろうか。電話口の警察官からは太郎なんて言葉は出てこないのに。何かを言ってるのはわかるが耳に入ってこない。「自信がないので、友人と行きます」この一言を絞り出すので精一杯だった。
震える手で月島と木兎さんに電話をする。そういえば警察官が太郎さんの両親について何か言っていた気がする。なんだったけっか。深く物事を考えれなくてとりあえず、太郎さんが見つかったじゃもしれないと連絡をする。息をのむ音を聞いてどうしようもなく嫌な予感が襲う。黒尾さんにも電話をしようかと迷うが、今の黒尾さんに伝えたところで戸惑うだけかとスマホを持ったまま迷うが結局通話ボタンを押せなかった。
暗くて狭い部屋の小さなベッドで何日かぶりにみた太郎さんは顔色も悪くて、浮腫んでいて以前の屈託のない笑みを浮かべる彼とは同一人物とは思えなくて。「違う人です」と言いたかったが、「間違いないです」と小さく伝えて足早に部屋を出る。一緒に引き上げられたスマホは生きていて最後の通話記録から僕に連絡したそうだ。同じように顔を確認した月島と木兎さんが俯いて出てくる。
「黒尾は?」
拳を握ったままの木兎さんが呻くように言う
「...迷ったんですが、連絡してないです」
「一発だけ、殴っちゃダメかなぁ」
天を仰ぐように言う木兎さんの気持ちもわかる。でも彼だって悪気があったわけじゃない。チームメイトを庇って起きた運の悪い事故だったのだ
「......不毛なだけでしょ。それに太郎さんを止められなかった僕にも責任はあります」
月島が悔しげに吐き出す。全くその通りだ。あの時もっと電話を繋げていたら。黒尾さんと同じ部屋に戻さす、二人に程よい距離を保ちさせることができれば
後から溢れる想いは止まらない。
身元の確認が出来たこと、事件性がないことを調べられた太郎さんの引き取りを頼まれる。ご両親に電話をかける。すると父親だろう男が出て「太郎はうちとはもう関係ない。とっくに死んだことにしている。そっちで好きにやってくれ」と一方的に電話を切られる。太郎さんが追い詰められた原因のうちの一つがわかった気がした。
太郎さんと連絡をとっていたというお姉さんが喪主となり葬儀は小さく執り行われた。僕ら3人と黒尾さんは親族側で参加をさせてもらったが、黒尾さんはやはり責任を感じているのか終始俯いていた。
ゆらゆら揺れて天に登る太郎さんを見て黒尾さんに声をかける。
「黒尾さんのせいじゃないです。こんな方法で逃げた太郎さんも、それを止められなかった僕も悪いんですから」
顔を覆って泣いている黒尾さんは今何を思っているのだろう。前の黒尾さんが居たら何を思うのだろう。
どうか、天に登った太郎さんが笑顔でいますように。ここ最近はずっと辛そうな、泣きたくても泣けなくて笑うしかない痛々しい笑みを浮かべたから。今はきっと笑顔で幸せでいますように。
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