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 記憶をなくしてルームシェアをしていた太郎さんが死んだらしい。恐らく自殺で、俺があの指輪を見つけた日。絶望したような顔で家を飛び出した太郎さんはその足で海に向かったようだ。

 俺はあの日のことを後悔している。彼女にもらった彼女の趣味で俺にはあまり似合わないであろうネックレスを、大事に無くさないようにおさめる場所を探していた時、たまたまあけた棚に大事そうにしまってあるピローケースを見つけた。

 一緒に住んでいて女っ気が無い太郎さんも実は隠していい人がいるのかと好奇心が勝って開けるとそこには両方男物のサイズの指輪。違和感を覚えてよく見ると俺と、太郎さんの名前。ビックリして何度か見直す。一緒に暮らしているのはじゃあ付き合っていたから?男で?「どこにいくのか」「誰と会うか」を気にしていたのは付き合っていたから?色んな感情がごちゃ混ぜになって一気に流れ込んでくる。じゃあ、ずっとルームメイトだって騙されていたのか、いや、なんで言わなかったのか。

 一度、落ち着きたくて。指輪視界に入れたく無くて隠すように近くにあったゴミ箱に入れた。するとガチャンと大きな音がして、泣く寸前みたいな顔をした太郎さんが立っていた。

「あ」

 声をかけようとした瞬間弾かれたように飛び出す。追いかけようとしたけど追いかけて何て声をかければいいのだろうか。そう思って玄関で立ち止まる。

 まさかそのまま帰ってこないだなんて思いもしなかった。

 あのあとゴミ箱から拾い上げた指輪を棺の中に入れようと思ったがなんとなく、そのまま俺が持っている。部屋を片付けようとするとほかの荷物はほとんどなかった。たぶん、徐々に処分していったんだと思う。太郎さんと俺の仲をずっと知っているという月島や赤葺も手伝ってくれて片付けも形見分けも終わって部屋ががらんとする。記憶はないけど亡くなった人の面影がある部屋に居るのも、広く感じる部屋も寂しくて引っ越すことに決めた。

 指で弄んでいたピローケースから指輪を取り出す。

「なぁ、記憶がなくなる前の俺はどんなだった?太郎さんとどう過ごした?」

 太郎さんは身長はそこそこあるとはいえ体格は俺の方が大きいため、2つはまったうちの大きい方の指輪をとって左手の指に順にはめていく。ピタリとはまったのは薬指だった。

 その手を太陽にかざして見る。俺の好きなブランドの指輪。太郎さんが選んで買ったのだろうか、それとも俺?問いかけても指輪が答えてくれる気配はない。

「だよな」

 ため息を吐く。警察署に遺体を引き取りに行く時月島が話してくれた内容はどうしても他の人の話のようでしっくりこなかった。でも今更だけど、太郎さんと俺がどうすごしてどう生きてきたのか知りたかった。だって、彼の死を知った俺の両親が俺よりも泣いていた。チームメイトのみんなが悲しんだ。あんなに怒った木兎を初めて見た。普段あまり感情を表に出さない月島が泣いていた。赤葺はずっと自分を責めているようだった。

「太郎さんは色んな人に愛されていたんだな」

指輪をもう一度じっくり見た後外そうと手をかけたとき、笑い声が聞こえた気がした。楽しそうな聞いたことがある声。

「太郎?」

 部屋を見回す。誰もいない。ふふふ、とまた聞こえる笑い声。「黒尾」そうだ、いくら言っても太郎が下の名前で呼んでくれることは滅多になかった。

「太郎?!太郎!!」

 いくら探しても姿は見えない。そうだ、いつも隠れて驚かすのが好きだった。驚いた俺を見て揶揄うように笑う。そしてその笑顔が好きだった。一緒に笑いながら料理をして、穏やかな日々を幸せだと感じて、いつまでもこんな日が続けばいいと思っていた。いつだったか、酒の席の勢いと半分本気で半分冗談で籍を入れようと行った時、顔を真っ赤にして泣きそうな顔で幸せそうに笑ってくれた顔を絶対に守ると、

「太郎!!!!!太郎どこなんだ。一人にして悪かった。まぁ、もう絶対忘れないから!この指輪、お前が買ってきてくれたんだろう?だって俺の好きなブランドのものだ。鉄朗じゃなくて“黒尾”なんて彫ってもらうのは太郎くらいだ。なぁ!俺の負けでいいから出てきて。俺は、ずっと、俺と結婚して欲しいんだ。養子縁を組んで、俺の両親はお前を気に入っていたからきっと喜んでくれる!なぁ!」

 溢れる涙で前が霞む。部屋のあちこちを探すがどこにも太郎がいない。どこに隠れているんだろうか。はぁーっ、はぁーっと荒い自分の息が聞こえる。

 スマホを取り出して太郎と仲が良かった赤葺に電話をする。繋がるまでの時間が長い。

「もしもし」

「なぁ!赤葺!太郎知らないか!?声は聞こえるんだけど部屋のどこを探してもいないんだ。物もほとんどなくて、指輪、指輪が」

 出た赤葺を遮るように言葉をぶつける。涙がボロボロと溢れて止まらない。鼻も詰まって声が出ない。

「...黒尾さん。太郎さんは...」

「何かまずいこと言って怒らせたか?また俺の実家で母さんと俺の文句でも言ってるんじゃいか」

「......黒尾さん」

「わかってる。....わかってる。なぁ、俺は。...また、連絡する」

 一方的に電話を切る。落ち着かなくて部屋をうろうろする。はめた指輪をなぞっては太郎の声を思い出す。好きな店、好きな味、我慢しすぎるところ、人に優しいところ、子どもっぽくてなんでも楽しめること。なんで忘れていたのか不思議なくらいだった。こんなにも濃い時間を過ごしてきたのに。

 感情が少しずつ落ち着いて来たのに最後に見たいつもの笑顔とは似ても似つかない眠った顔を思い出す。ああ、なんてことをしてしまったのだろう。我慢しすぎるところがあるのはずっと知っていただろう。頭をぐちゃぐちゃにかいて泣く。さっきまで聞こえていた太郎の笑い声が聞こえない。ねぇ、もう笑いかけてくれないの。

「太郎、太郎」

 咽び泣く声に合わせて太郎も一緒に泣いている声が聞こえる。ごめん、ごめんな。しんどかっただろう、苦しかっただろう。何も言えなくて、言わせなくて悪かった。何もかもがもう遅い。太郎はどこにもいない。あの日、煙になって登っていってのだから。

 太郎は上で待っていてくれるだろうか。幸せに微笑んでいるだろうか。ずっと笑顔を見ていない。せめて上ではずっと笑顔でいてくれるだろうか。俺のことは責めていいから憎んでいいからきっと笑顔で

 願うように空を見上げる。太郎サイズの指輪を震える手で取り出すとそっと口づけをする。永遠に眠る彼がずっと幸せな夢を見れますように

 

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