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 どの国でも王子というものはストレスが大きいらしい。


 療養にと名乗りを上げてくれた国の王は、コブラ王と親友と言うだけあって優しく寛大な人だった。そんな人の跡取りで国からの期待が大きい王子は国賓扱いのまま何年も悠々と過ごす私に我慢が効かなくなったのだろう。夜中にやってきては服で隠れる部分を攻めては嫌な笑みを残して去っていく。


 最初は王に伝えようと思ったがやっと厄介払いできた私が原因で国際問題になってはと思い、やめた。それに責任に耐えられない気持ちも、行き場のないストレスもなんとなく分かるので仕方ないような気がしてなんだかこの王子も可哀想だなと思うとなにも言えなかった。夜中に大きな音を立てて部屋に入ってくると寝ている私の髪を引きずって床に落とし感情のまま一頻り暴れると痛みで床を這う私を見て「かわいい」と言って撫でて抱きしめるのだ。その時の目がどうしようもなく恐ろしい。子どもが虫で遊んでいるのと同じような無邪気な感情が見え隠れする目が恐ろしくて俯くと彼は両手で私の頬を包んでとびきりの笑顔で顔中に口付けをするのだった。


「どうして何もおっしゃらないのですか」


 一晩中凍りついてようやく体が動くようになった翌朝、この国の王がつけてくれた世話係がキズの手当てをしながらあまり感情の豊かでない声で聞いてくる。彼が私の世話のほとんどを一人でしてくれており物静かなところも居心地が良かった。初めて出来た気軽に話をできる人間。


「国の問題にするほど大したことじゃない。それに療養を言い分に王子よりも私の方に気を使ってくださる王だ。実父が大事にしてるんだ目障りにもなるだろうさ」


 慣れた手つきで消毒されて行く手をじっと見るとしばらくの沈黙の後「そうですか」と静かに言う彼が元々平民の出で、城の中での発言権がないのは知っている。それでも、と思って言ってくれたのだろう。私を気遣ってくれるその心が嬉しかった。彼の優しさとそれでいて踏み込みすぎない距離が私の弱く情けない本性を見られないで済みそれが心地よかった。友人が出来ればこんな感じだろうか。


 それからすぐのことだった。あの平和なアバラスタで内戦が起きていると聞いたのは。耳鳴りがする。心臓の音がうるさく跳ねる。私の愛する国民が武器を握り血を流した原因は雨だと言う。首都に近い街には雨が降り遠方の方は日照りが続き、王が雨を独り占めしていると噂が流れ始めたことが発端らしい。そんなことでわたしの愛する国は崩れていってしまった。情報を得てからすぐに王に話を付けた。王にも内戦の話は届いておりそんな時期に返すのはどうかと私のために悩んでくれたがこんな時こそ、王族が居なければ面目が立ちませんと説得してなんとか船を出してもらうよう取り付けた。


 棄てられた祖国に帰りたくて気が逸る。情緒豊かな街が、昔から大事にされていた像が壊されたと聞いた。お気に入りだった泉は干上がりそこに血が流れたと聞いた。良くしてくれていた老人が居た街は人が消えたと聞いた。何ができるとも限らない。それでも早く帰らなければという気持ちだけが脳をめぐるが安全のためにとなかなか渡航ができない。結局こんな時に無能なのだ。何が第一王子だこんな時にこそ役に立たなければそれこそわたしの存在意義は失われてしまう。本当にいらなくなってしまう。


 気持ちと行動が一致できなくて心が歪む。


「落ち着いて下さい。もうすぐですから」


 そういって私の荷物をまとめてくれているのは療養先の従者だった。わざわざついて来てくれた彼には感謝しかない。


「ああ。ああ。そうだね」


 ゆっくり呼吸を整える。島は目の前だ、こんな私にもきっとできることはあるはず。きっと。



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