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 思い出の祖国は跡形もなかった。家は崩れ、道も荒れ、歩く人々は皆傷を負っていた。聞いた話によると英雄であったはずのクロコダイルが使ったのはダンスパウダーで、そのせいで内戦に発展しその混乱のうちに国を乗っ取ろうという算段だったらしい。そして王は決して屈しなかったと。聞いた話によるとクロコダイルを疑った王女ビビが国を飛び出し彼女が連れてきた海賊達によって戦いを収めたらしい。


『らしい』結局どれも人から聞いた言葉で私は部外者なのだと話を聞くたびに胸の奥が重くなってゆく。


 本当に私の知らない間に争いが起こり、収まり、今更戻ったところでなんの役にも立たないことが目の前に突き出されて、『ざまぁみろ!私の言った通りだったじゃないか!』なんて心のどこかで思っていた叫び出したい言葉さえ奪う。


 ゆっくり話を聞きながら宮殿に戻るとそこも崩れている箇所が多く思い出と一致しない。傷つきながらも忙しなく仕事に勤しむ兵士たちの哀れむような視線が痛い。『何故今更帰ってきたのだ』と言われないだけマシなのかもしれない。逃げるように足早に王の元へ向かい挨拶を済ませるとそそくさと部屋に帰る。


 聞いた話ばかりだ。そこに私はいない。何をやっているのだろう。知っていたのに。血が流れなくてすんだかもしれないのに。私は誰にも信じてもらえなかった。そのせいで多くのものが壊れた。私があの子なら信じてもらえただろうか。もっと資料を集めて大人を巻き込めていたら違っただろうか。


「私の部屋も壊れてしまえばよかったのに」


 気管が狭まって出した声は上ずって震えていた。ひゅとなる喉を気にしないように部屋を見て回る。やっとの思いでたどり着いた部屋は出て行った時のままで入らなくなったであろう服もそのままで成長した私はいらないと言われているようで癇癪を起こした子どものようにまとめて捨てる。あとから入ってきてその様子を静かに見守りながら荷物を片付けてくれる従者の彼には情けない姿しか見られていない気がする。成長するということは外面ばかりで泣いて叫びたくなる衝動さえ抑え込まれてしまう。泣いてしまえれば楽なんだろうか。『しんどい、辛い。もう消えてしまいたい』と言う言葉は誰にも届かずベッドに溶けて消えた。


 それから復興の優先順位を決める会議にメンバー合わせのためだけに出席し、後は従者も置いて一人で国を歩いて回った。国を離れて年数が経ち私が王子だと気づく者はほとんどいなかった。皆傷ついた国を癒やそうと必死でそれどころではないからかもしれない。誰も私をしらない。冷たい視線も飛んでくる拳と歪んだ愛もない。久々の気兼ねしない時間だった。


 街中を歩いて傷ついても自分たちの力で明るく復興する彼らを見て、1人鬱憤としている自分が邪魔に思えて仕方ない。救えなかったと思っているのは私だけ。ざまあみろと思っていたこともあり明るい人々との差に嫌気が差す。このまま宮殿に戻ったとしても可哀想な王子、病んだ王子として哀れんだ視線と余所余所しい気遣い。気を遣って話しかけてくれるかつて憧れた近衛兵にも上手くなった愛想笑いで上辺を繕う。話しかけてくれる全ての人間の心の内が怖くて誰も信じられない。部屋に逃げて帰っても心は休まらずポロポロと勝手に流れ落ちる涙がとどめだった。


 わかっていたことじゃないか。王に、父上に信じてもらえなかった時から。何度も呆れた視線をもらったあの時からここに私の居場所などなかっただろう。人見知りをしないビビは私に寄り付きもしない。国民が最高の王だと自信を持って豪語する父は曖昧に笑って目も合わせない。この国は私がいらないのだ。じゃあ今度は私がこの国を捨てるのだ。最初から名前など存在しなかったように。準備をしよう。昔から考えるのは得意だろう。どうせ居ても邪魔なのだ。上手く考えろ。考えろ。それだけが取り柄なのだから。



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