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 太郎様が居なくなって3日。足どりは未だ掴めていない。名前様が居なくなったあの後城の中は大騒ぎだった。誰も私の話を聞く間もなく医務室に連れて行かれた。兵が名前様の後を追い、血の後をたどって海に出たことがわかった。そして城の中のどこを探しても太郎様の物が最初からなかったように写真の一枚も見つからない。


 私の状態を加味した上で開かれた今回の報告を受けたコブラ王は信じらないという顔をしたあと諦めたような表情に変わった。


「そんな顔をなさらないでください。名前さまは」


「怪我人は大人しくしていろ」


必死に説明を試みるがチャカに遮られて口を挟むこともままならない。


「いい。何かあるんだろう、ペルよ」


「はい。太郎様は私の腹を切りましたが傷は浅く縫う必要もなかったほどです。あれほど出血して見えたのはご自分の掌を何度も刺されていたからです。」


 私は全てを話した。なにが起きたのかを漏らすことなく。そして太郎様がこんなことを起こしたきっかけはそれほどまでに彼を追い詰めてしまった私たちにあると。『ずっと消えて亡くなりたかった。これでようやく私も役に立てる』そう言ってたいそう穏やかな顔で微笑んでおられた顔が焼き付いて離れない。ずっと彼から目を逸らし続けた報いだろうか。この国き彼が帰ってきた時、すぐに「すみませんでした」と謝ればよかった。話を、すればよかった。国を出る前の彼に耳を貸さなかったことが後ろめたく誰もが距離を測りかねていたが、もっと近づいていけば良かった。笑顔が戻っていたから、なんて言い訳と後悔ばかりが募る。私は子どもだった彼を救えず苦しめた。子ども1人が救えなくてなにが守護神だ。体にぎゅっと力が籠る



 事の顛末と言いたかったことを全て言い終わるまで硬く握りしめていた拳に気がつかなかった。爪が食い込んで少し血が滲んでいる。この手に触れた太郎様の手はとても冷たくて小さくて震えていた。今も1人で震えているだろうか。やっと解放されたと喜んでおられるだろうか。どちらでもいい。生きていてほしいと願うのは謝りたいという自己満足だろうか。



「私はあいつと話が出来ていなかった。いや、話を聞こうとすらしなかった。あいつが帰国してすぐ謝るべきだったのに国政があるからわかってくれるだろうと後回しにして。...私は父親失格だな」


「お兄様がクロコダイルのことを疑っていたなんて」


 王は寂しそうに笑って視線を落とす。ビビ様の前でいかに太郎様の話をしていなかったのか。ビビ様はなにもしらなかった。いや、教えなかった。この場にいる誰もが後悔と戦っている。悲痛な無言が場を包んだ。


「何を今更おっしゃっているのですか!名前様のことを思っていた方などこの場にはいないくせに何を取り繕っておられるのですか‼」


 堰を切ったように叫んだのは療養先から太郎様と共にやってきた若い従者だった。


「貴様無礼だぞ。慎め!」


 チャカが怒鳴りつけて従者を止めようとするが彼は気に求めず叫び続ける


「うるさい‼ふざけるな‼あの方がどんな気持ちで笑っていたと思っている‼どんな気持ちでこの国を思っていたか知らないだろう」


 ずっと静かに名前について回っていたから今回のことを前もって知っていたのでは取り調べられていたが驚嘆に染まった顔は何も知らないのだと認められこの場にいた。


「国から追い出されるように療養に出たもののずっと国や国民に心寄せられて!挙句療養先では王子にストレスの吐口にされていた‼俺のような貧困上がりの従者をあてがわれた彼の生活ぶりを創造した人間がここに何人いる⁉言ってみろ‼棄ててしまえばいいのに国の関係が悪化してはと何も言わずされるがままで傷を負う彼を何度見たと思う?」



 崩れ落ちる様に床に座り込んで涙をこぼしながら必死に訴えかける彼に誰もが言葉を発せない。知らなかった事実に心がえぐれる。彼だけがずっと太郎様を見ていた


「アバラスタが憎い憎いと言いながらも帰国を待ち望んだ末に内戦が起こったと聞かされたあの方の気持ちがわかりますか。そんなものざまぁみろと遠くで見ていればいいものを必死の思いで帰国してみれば何もかもが終わった後で国民には忘れられ、かつての家族たちには腫れ物のように扱われた王子はどうすればいい?少しずつ死んでいったあの方の心を殺したのはあんたたちだ‼居場所をなくし彷徨うしかなかった彼はついにそれも出来なくなってしまった。ずっとこの国を、あなたたちを愛していたのにその見返りは浴びせられる冷やかしと哀れみの視線だ。彼は、愛してほしかっただけなのに」


 溢れ出す涙と嗚咽とは裏原に冷静になっていく口調が彼もまた自分を責めているようだった。それを聞いている皆も自分を責めていることだろう。なんと罪深いことしてしまったのか。『申し訳ない。役に立たず申し訳ない。こんなモノが居てしまったばっかりに。申し訳ない』本当に申し訳なさそうに下げた眉に笑みを浮かべて繰り返す太郎様の声が彼に重なる。


「なぜ、連れて行ってくださらなかったのですか。太郎さま。俺はあなたと死んだってよかったのに」


 崩れ落ちた彼を咎める者はいなくなり、誰もが太郎様を思い、涙した。幼い名前様が『いつか私もペルの背中に乗せてくれる?』そう笑顔で言っていたのを思い出した。『私が怒られてしまいますよ』そう言った過去の自分が憎い。早く彼を乗せて行かないか。誰かわたしにそう言ってくれ。幼いのに聞き分けのよい王子は笑って諦めたのを覚えている。あの時の笑顔と、最近見た仮面のような笑みがぐちゃぐちゃになる。


「太郎を探そう。我々は大切な家族に取り返しのつかない傷をつけてしまった。この国に帰らない方が幸せかもしれないが、会って謝ろう。抱きしめて愛していると伝えなくては」


 ネフェルタリ•太郎を殺したのは間違いなく私たちだった。


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