いい加減にしてくれ


 なんか気づいたら魔法の世界にいた。全然よくわからない。手違いらしいけど帰る方法がわからないから制服と一応住む場所を与えられてよくわからない座学を受けてる。学校に呼び出されたからこういう扱いだけど知らない街とかじゃなくてよかったのかもしれない。多分。よくわからん空飛ぶ喋る猫と一緒なんだけどこれがまたなんか自己中心的というかトラブルメーカーというか気づいたら後始末してる。んで一応学業に支障ない様にって学園長が生活費くれるんだけどもしこのまま帰れなかったらという最悪の事態を考えて貯金するために切り詰めて生活してるんだけど当然足りない。ので、イソギンチャクの若くモンストロラウンジで働いてる。あんなことあった後によく働くなってエースとデュースには言われたけど向こうもいいって言ったからいいんだよ。みんな良くはしてくれるけどお前らが卒業したら魔法も使えない人間の面倒みてくれるのかって話よ。責任取れないなら口に出すなやって思いながら口には出さずにニコニコしてる。上手に、上手に嫌味をかわしながら生活してる俺の身にもなって欲しい。この2人もいい加減俺になら何言ってもいいと思ってんじゃねえよ。

 あー、帰りたい帰りたいなんで赤の他人の尻拭いしてんだろって言いながらどうにかこうにか生活してたのに私が真の監督生よ!って女子が現れた。いや、真とか偽とかある?私が来たからあなたはお払い箱よって言われたけど帰れるならうちに帰らせてくれ。こんな何もわからん世界よりも家に帰って母さんお腹すいたーって横に転がりたいわけよ。もうさ自炊も面倒くさくなってきちゃって賄い以外はカップ麺とかレンチンとか。最悪面倒くささが勝って食べない生活。普通の生活のありがたみってすごい。

 自称真の監督生はさ一応オンボロ寮住みってことになったんだけどことごとく居ない。まぁそれはいいんだけど俺が虐めて追い出したみたいな噂たってるの何?なんなら顔合わす度に早く帰れお前は必要ないって言われる俺の気持ちを考えたことあるんだろうか。というか女子がめちゃくちゃ猫被ってるので怖い。俺とそれ以外との差。んでさ一応オンボロ寮の生徒だからってことで家具揃えさせられたの俺なんだけど。その金をもらってないんだけど。まぁいいけど。シフト増やして訳もわからん課題して図書館で帰る方法探してってしてたら寝れない。まじで。今日は休みだから〜って時に限って女子が寮帰ってきたりとか、課題わからんすぎてなんで俺がこんなことをとか一回思い始めたらもう止まんない。まじでくそ。んでシフトめちゃめちゃ増やして他の人の休みにも入ってって割と店に貢献してるのに最近魚人先輩方からネチネチ嫌味と嫌がらせを賜るんだけどなんで?シフトに穴開けていいの?穴開けても面倒臭そうだから言わないけど。

 ちょこちょこ関わり合った寮長勢にもなんか責められてるウケる。女の子虐めるの良くないって話らしいけど最近まじで接点ない。各寮点々としてるらしいしずっと一年組にくっついてるんだから俺と関わってないのお前らが1番知ってるだろうよと思って鼻で笑ったら余計顰蹙を買った。アホくさ。

 頑張って働いて働いて働いてまとめて通帳入れようって思ったタイミングで自室の引き出し開けた時に空だった時の俺の気持ちわかる?久々にあの子帰ってきてたなーって人間ショックを受けすぎると冷静になるらしいよ。一応学園長に報告したら自己管理がどうのって言われたんだけどまさか個人の部屋まで入ってくるとは思わなくない?で、たまたま帰りに本人様を見かけたから返してって言ったら笑われた。オンボロ寮生なんだから使っていいよねってことらしい。意味がわからん。

 で、寮長として?私の分も預かってたお金を渡してくれないから?私が取りに行ったら泥棒扱いされた?いやまじで何事。いつのまにか俺がネコババしてることになってて大混乱。なんでこんな周りから責められるんかと思ったら完全犯罪者になってたわ。お金が増えていくことだけが最近の楽しみだったのに。またしばらくシフト増やさないと。もうちょい自由に街まで行き来できるなら別のとこでも働きたいくらい。悪いな、グリム。今月のツナ缶は少ないかも。

 階段から落ちたりとか急に水が降ってきたりとか教科書なくなったりとか最近イベントが目白押し。あんまりにもリアクションが薄くて頻度は減ったっぽい。ホリデー前に「お前も帰ればいいじゃん」って何気なく言ってきたエースにブチギレてから本格的に感情の起伏薄くなってきた。コイツらに何言ってもなって。どうせ他人のことを配慮する様な人間じゃないし、帰らせてくれるわけでもないですし。相手にするだけ俺が消耗すんだから無駄すぎる。省エネ省エネっ思ってたらなんか何するにも気力湧かなくなってきた。虚無を見ながらなんか言ってるグリムを撫でる。なんだなんだツナいる?

 学校行ってバイト行って寝る生活。バイト以外であんまり喋ることないから急に発声するの難しいよね。こんな生活でもキャンプとか強化合宿には雑用で呼ばれるんだから都合のいい人間だよな。他の人らはなんだかんだ文句言いつつ青春って感じがした。よかったね。前は色んな部活に顔をだしてたりしてたんだけどそれは今真の監督生の役割になった様なので言ってない。多分各部活で俺の悪口言って回ってるだろうから今更俺がいくと部活参加どころか集団リンチの可能性がある。大袈裟ではなく。まずあの子に遭遇する確率を少しでも落としたい。そう考えたら寮長副寮長あたりには近づかない行動がベスト。まぁこの前たまたま出会したフロイドさんにぶん投げられたけど。あんな飛んでいくと思ってなくて普通にビビった。咄嗟に受け身は取ったけどどっかでぶつけたであろう腕がまだ痛い。

 アラームを叩く様に止める。朝起きるのが段々億劫だけど引きこもっててもうちには帰れないので這いずる様にベッドを出る。グリムを抱き抱えて起こしたら朝ごはんの準備をする。食欲はないけど義務感で。顔洗って着替えてってしてたら急に部屋のドアが開く。バーンって効果音でもつきそうな勢いで入ってきた彼女はなんか喚き散らかしてるけど何って言ってるのかわかんないから腹も立たない。グリムが迷惑そうに耳を塞いでるからやめてやれよ。途中で魔法も使えないくせにって聞こえたからお前もだろって煽り返したのが良くなかったらしい。コーヒーを淹れようと思って沸かしてたケトルをぶん投げられて顔にあたった。痛いし熱いんだけど投げた時に被ったらしい熱湯でひいひい言ってる彼女を見てこれはまた自分のせいになるなって思うと気が遠くなったよね。

 意外と何にも言ってこないじゃんと思ってたのも束の間、寮長会議に呼び出されてる。一応オンボロ寮の寮長なのと学園長からも話あるって言われて早く帰りたいのに会議室に向かう。魔法が使えないし基礎を知らないからってみんなとは別で課題あるんだからまじで早く帰らせてほしい。用意してある席までの間になんか言われてたっぽいんだけど全然わからなかった。ぼんやり聞いてたらなんか意見を求められたのかみんなこっち向いてる。こわ。

「ねぇなんでみんなこっち向いてんの?」

 めちゃめちゃ小声でグリムに聞くけどグリムも全然聞いてなかったらしい。知らねーんだぞって小声で返された。曖昧に笑って首を傾げると頭に乗っていたグリムが後ろにずり落ちる。切る時間と金と労力がなくて伸び切ってた前髪が上がる。急に視界良くなると眩しいよね。でもいい加減邪魔だから適当に切るかゴムで縛るかを検討したい。

「危ないよ」

 グリムを抱いてテーブルに下ろす。あーもふもふもふもふ。というかほぼ何言ってるかわからんし俺いる?この会議。途中で帰るとまたなんか言われそうだなって思って大人しくしてるけど早く終わらないかな。グリムもあくびしてるし。

「で、なんて話し合いしてた?」

「フナァー、知らないんだゾ」

「聞いてたんじゃないの」

「聞いてたんだゾ」

 嘘つけとオデコをぺちぺちと叩くが全然堪えてなさそう。グリムと遊んでたら急に視界が陰る。視線を上げるといつの間にか目の前にレオナさんがいて不機嫌そうな顔をしてる。機嫌良さそうな時があるのかは知らない。部屋の片隅借りて寝たのが随分前のことの様な気がする。で、なんか言われたけどわからんから首傾げたら手を伸ばされたので思わず身を後ろに引く。それでやめてくれるかと思ったらさらに眉間の皺が深くなってほっぺたをガッと掴まれて上を向かせられる。え、マジ?なに?こわ

「え、怖いんですけど。グリムなにって言ってるかわかる?」

「お前その顔はどうしたんだって言ってるんだゾ」

「えー?真の監督生ちゃんの怒りの沸騰ケトルがぶち当たった?」

「なんで疑問系なんだゾ...」

「え、通訳してよ」

「お前の言葉は普通に聞こえてるんだゾ?」

「まじ」

 じゃああれだずっと難聴だと思ってたけど違うらしい。まぁまず世界が違うのに言葉が通じてたのが謎ではあるけど。グリムと授業の内容とかはなに言ってるかわかるから困りはしないんだけど。お陰様で全部雑音だからストレスもたまんないんだよなこれ。力の抜けた頬を掴む手を外す。でもこういうの急にやられるとビビるのでやめてはほしいよね。

「話し合いがすんだなら課題があるので帰ってもいいですかって言って」

「だから通じるんだゾ」

「帰ろうよグリム」

 じとーっと何か言いたげに目を細めて俺を見てたグリムも帰りたいのは一緒っぽかったので静かになる。一人でも飛べるのについ腕に抱くのはなんでだろうな。

「オンボロ寮からの特記事項はないです。みなさんが大事にしてる彼女に何かあれば俺ではなくて学園長にお願いします。では失礼します」

 俺に言わんでくれ頼むと思いながら小さく会釈して会議室を出る。そのまま寮に帰りたかったけどペンのインクがなかった気がする。今日バイト休みでよかった。課題やって早めに寝よ。

 って思ってたわけよ。夜飯食って風呂入ってゴロゴロしてたからばーんどーんって感じでオンボロ寮の玄関開いた。ここ最近エースとデュース、エペルとかジャックも遊びに来てなかったから彼女が来たのかと思って胃が痛くなったよね。胃潰瘍待ったなし。怖いから鍵閉めといた自室のドアめっちゃノックされてるこわ。心霊というかパニックホラー的な恐怖あるわ。グリムがうるせーんだぞって言ってるけどお前が見てこいよまじで。結局お猫様が動かないからマジで恐る恐る鍵を開けて顔を覗かせる。気分は最悪。顔出し過ぎたら斧で首切られるとかないよね?薄目で見た部屋の外にはめちゃくちゃラフな格好のレオナさんとラギーさん、アズールさんだった。あれ、さっきも見たな。オーナー店はいいんだろうか。

 とりあえず談話室にって最近ちょっとずつ片付けさせられてるゲストルームへ向かう。DIYまでやるとは思ってなかったけど黙々とする作業は嫌いではない。体力さえある時なら。強制的に連れてきたグリムがなんか文句言ってたけどお前がいないと話が成立しないんだが。で、なんか前髪切って顔見られて触られて3人がなんか言ってる。ちなみに切ったのはラギーさん。切られたのは髪だけでめっちゃ安心した。通訳さん曰く顔の火傷は時間が経ち過ぎて魔法じゃ消せないんだって。魔法薬とかでちょっとずつ薄くはできるんじゃないかってことだけどその辺はクルーウェル先生に詳しく相談した方がいい気がするってことらしい。何、消そうとしてくれてたの。あー、まぁ髪長かったし隠そうとしてるって思われても間違いないか。

「や、別に気にしてないんで。男の子なんで」

っていうと微妙な顔をされた。

「あ、ホールがダメならキッチン専属でもいいでこのまま雇ってもらえたら助かります」

 オーナーの方見て言ったんだけど返事がない。え、俺からの言葉は普通に聞こえるって言ってたよね?って通訳さんを見るけど全然わかってないっぽい。目があって首傾げてたから撫でといた。よく分からんけど3人とも帰る頃にはめっちゃしんみりしてた。なんでだよ、あの子みたいにざまぁって笑ってもいいのよって見送ったら怖い顔してました。俺は寝る。

寝れない。なんかこんなわけのわからん世界に連れてこられてなんとか順応しようと頑張ってたら貯めれた金も人間関係ももってかれてその上ついぞ言葉までわかんなくなったってどういうこと。今はいいけど今度進級があるとして学園から出てって言われた時言葉わかんないまま就職できるんだろうか。というか戸籍の概念があるんかは知らんけど異世界からの人間って雇ってもらえるんだろうか。たとえ雇って貰ったとしてそっから新しく仕事覚えて?失敗して?元に帰れないとそれが続く?わー、しんど。もう今の時点で絶対帰れないってわかってるんなら死んどきたい。将来考えると絶望しかない。環境の変化の度にこうやって悶々と病むとか耐えられん。まぁ今死んだらあいつ死んだらしいよウケるって言われそうなの嫌だから自殺とかは別に考えてはないんだけど。あとほんと部屋とか片付けて欲しくないし。見られたくねー、あいつこんな奴だったんだなって回想されたくねー。なんか不慮の事故とか重篤の病とかで死なないかな。しょうがないねって感じで死にたい。誰か庇って死ぬとかかっこよくないか。通り魔的な。学園内で通り魔はないか。いやなんか実験事故とかイベントでの事件事故はありそう。とか考えてたら寝れんかったし、寝不足で風邪ひいた。

 体力のなさ故か絶賛風邪に負けてる。ベッド生活2日めである。グリムには風邪で休むねって先生に伝えてっていってあるけど不安すぎるので一応メール入れた。高熱が辛い。もうなんか関節痛いわ鼻は詰まるわで寝れない。しんど。帰りにサムさんとこでゼリー買ってねっていうお使いも果たして達成されるだろうか。うーうー唸って起きたり寝たりしてたら部屋をノックする音が聞こえる。タンス貯金事件鍵増やしてるのでいくらあの子でも開けられないでしょう。グリムだったらドア上の換気用みたいな小窓から入ってくるし。てか上まで上がって来てんじゃねぇよ誰だよ。てかまじドアすら辿り着きがしない。ベッドでモゾモゾしてるとドアと反対のベランダの窓がバーンって開く。何事〜。霞む視線を向けると黒い塊がいるので多分学園長。最近の難聴足す熱で何言ってるかわからん。

「頭に響くんでとりあえず静かにしてもらえますか」

 すって行動ごと静かになったの凄い。ベッドに来て見下ろされてるけどでけーな。なんかゆっくり喋ってくれてるのが所々聞こえる。ようやくすればなんかあったら困るので早く連絡してこいやって感じだったぽい。

「学園長に言ったら何か変わるんですか。熱が引いて元気になって元に帰れるんですか。そうじゃないでしょ。てか病人寝てるんだから静かに入ってこようとか思いません?もうちょっと寝たいので窓ちゃんと閉めて帰ってくださいね」

もうね、声出すのがしんどいわけよ。一応偉い人がいるなかだから体起こそうと思うだけ思ったけど無理だった。今マジ人の気配でも疲れるから早く帰ってって言ったらむって顔されたんだけど学園長がいなくなるより俺の目が閉じる方が早かった。後から思ったけど学園長にゼリー頼めばよかった。全然言うことあったわ。


- 43 -

*前次#


ページ: