所詮猿


 両親が死んだ。何かに内側から食い破られた様な、内臓と肉片を撒き散らしてただの肉に変わっていたのを見つけたのは自分だった。いつもと同じ日だったはずなのに学校から帰って家の前に立つと玄関を開けるのが異様に恐ろしかったことは覚えている。そんなはずはないと自分に言い聞かせて入った家の中は、ペンキでも撒き散らしたかの有様だった。

 それから訳もわからぬままいろんな大人たちがやってきて聞いたこともない家に引き取られる運びとなった。そんな親戚いただろうか、と思ったが正常に考えるとも出来ず、法的手続きなんかも出来ない様な猿には選択肢なく引き取られた。能面の様な笑みを浮かべる男曰く、特殊な家なので名を名乗れるだけで有り難く思えと。お前は特異な性質があるからそれを以て今後わざわざお前の様な者を受け入れてやった家の為につくせと。無条件に守ってくれる者を失った俺は縋りつくしかないと思った。それ以外に生きていく術はないと。だから必死だった。急に学校に行けなくなっても、よくわからない方法で身体中を痛めつけられても、廃墟の様な場所に置き去りにされても、出来が悪いと殴られても、お前1人では何も出来ないと笑って放り出されてしまうことの方がよっぽど恐ろしかった。毎日課せられるよくわからない骨董品の管理も、体で覚えろと投げ飛ばされても必死で耐えていたらある日から急によくわからないこの世のものとは思えない化け物が見える様になった。見た目の恐ろしさはもちろん、何故か両親の死に様を思い出して泣き喚きながら家の人に訴えた。あれはなんだと、自分はついにおかしくなってしまったのかと。それなのに家の人は大層嬉しそうに笑ってやっとお前も使い物になる、といった。これが始まりだった。

 古く頑丈そうな道場の様な場所に連れて来られる。壁の至る所にお札が貼ってあって窓がひとつも無い。こんな場所でどうすればいいのかと尋ねるとひたすら耐えろ、と言われた。お前が耐えて耐えて蓄えればそれだけ家の為になる。そうすればずっとこの家に置いておいてやれる。そう言われた。必死で頷くと膝をけられ床へ崩れる。無防備になった背中を刃で切られる。古いものなのだろうか錆びているのか切れ味が悪く皮膚に引っかかっていつもよりも痛い。ぶちぶちと皮膚をさく感覚に耐えていると違う何かが体の中へ流れ込んでくる。頭が割れるように痛い。脳が勝手に動く。あの化け物たちの目が口が視界に広がる。体が流れこむそれを拒否するかのように胃の中身を吐き出すがそれでも毛穴という毛穴が開いて脂っぽい汗が滲む。唾液が、涙が止まらない。

「ぐッがッ、あァあゝ、ぎギあぐゥ」

人の言葉も発せず、体も動かずどうにか回る眼球で後ろを見る。

「耐えてみせろ」

 そう言った口元は弧を描いていた。

 そうやって何年か経つ。顔と掌と足裏以外は拘束を含め傷がない場所がほとんどなくなった。耐えたおかげで今がある。そう思わないと身動きが取れなくなる。珍しく家の様で着物を着せられ連れ出された場所は一段と大きな屋敷だった。いつもの態度はいざ知らず恭しい家の人たちを見ながらなるべく目立たないように歩く。前を見ず廊下の木目を見ながら歩いているとある部屋の前で立ち止まった。

「これからお会いするのは五条家の長男だ。粗相の無いようお前は喋らなくていい」

「はい」

 少し興奮気味の家の人たちを不思議に思いながらも後に続く。正座をして入った部屋の奥には若く背の高そうな白髪の男が座っていた。

「ご無沙汰しております、五条様」

「堅苦しいのはいいんだけど。いつもの挨拶だけでしょ。もういいよ」

「この度は養子で引き取りました者をご紹介したく。おい、顔を上げろ」

黙っていろと言われたので畳から顔を上げてからもう一度伏せて挨拶をする。

「随分気色の悪い養子だな。いろんなもんが混じって人の形してんじゃね?趣味悪いなお前ら」

「使い勝手はよろしいですよ。何かありましたらこの者に仰せつかってください。盾にもなりましょう」

「俺の首を切る道具にもな」

「滅相もない」

「つか、なんか見覚えがある顔してんな」

「そうでしょうか」

「まぁいい。下がっていいよ」

 また促され、頭を下げてから退室する。どうやら俺を見せびらかしたかっただけのようだ。その日は機嫌が良かったせいかできた傷を端から治しても怒られなかった。治してもというよりかは勝手に治るようになってしまった。体に入り込んだ力同士が拮抗することで治るらしい。出来るようになった時に意味がわからなさすぎて聞いてみたがお前には言っても分からんとそんな説明をされた。確かに自分が今どうしてこうなったかも分からない奴には説明するだけ無駄だろうと納得する。

 それから屋敷外で化け物と戦わされることも増えた。人っぽいところが残っている化け物は気持ち悪い上に恐怖心も高まるがどうにか殺さなければ帰れない。千切って治って潰されて、そんなことをしているうちに今度は学校へ行けと言われる。今更何をどうするのだとは思ったが何も言わなかった。言ったところで何も変わらない。必要最低限のものを持たされ家を出される。行った先での教員の顔がどうなるかをしっかり見ておけと言われたが見てどうするのだろうか。

 案内された先にいたのは白髪で目を隠した長身の男だった。担当教員だというが尖った雰囲気はないものの気配と目立つ白髪的にいつか見た五条家の人だろかと朧げな記憶を辿るがほとんど畳を見ていたので自信はなかった。

「随分混じったじゃない。君、一回見たことあるよね。んー?一回かな?知り合いに似てるんだけど兄弟とか歳の近い親戚っている?」

「知らないです」

 向こうから話しかけられ思っていた人とあっていたことに安堵する。家の人が面白がっていたほどの表情の変化は見られない。なんだったのだろう。

「じゃあ知ってると思うけど自己紹介しとくね!僕は五条悟。ご存知の通り呪術界最強な訳だけど今は教師もやってるよ!よろしくね」

「山田 太郎です。あまり役には立ちませんがよろしくお願いします」

「うんうん、まぁ仕事のことはいいから楽しく!元気に!学校生活が送れる様に頑張ろうね。あ、あともう1人副担任というか教師がいるんだけどもうちょっとしたら帰って来ると思うからその時紹介するね」

「はい」

 学校施設全体の説明と既に入寮しているらしい同級生の話をする。ぜひ友達になってね、と言われるが同年代と喋ることがほとんどなかったのでまず会話が成り立つのかも怪しい。というかいきなり高等学校に入学させられているが学校もまともに行っておらず化け物のこともこの力のこともよくわかっていないので正直になぜ今更自分がここに入れられたのかもわかっていない。こればかりは家の人の意向なのでどれだけ考えたって意味はないのだがついていけるだろうか。あらかた説明を受け、荷物が届いてるはずだから寮に向かおうと足を向けた時、ザアと木々と揺らす風が吹いた。自分でもよくわからないまま足を止める。薄雲のはった青い空を雀が通り過ぎる。雲の流れが早いから空の高いところは風が強いのかもしれない。ゆっくり呼吸ができている、そんな気がする。砂利を踏む足音で我に帰る。そうだ、五条家の人に寮まで案内してもらってる途中だった。

「すみません」

 ぼうっと呆けていたことに謝るが別にそんなことを気にしている様子でもなく上から下まで値踏みでもされる様に視線が動く。六眼という特殊な目を持っているらしいがそれがどんな代物でどんな機能があるかまでは聞かされたことはない。一体自分はどんな風に映っているのだろうか。

「君はさ、なんでそんなことになってんの?」

なんで、とはと首を傾げる。今ここに立っている意味もよくわかっていない人間に答えられることだろうか。五条はアイマスクをずらし日本人離れしたまるで作られたもののように輝く青い眼で俺を見る。

「いろんな呪力が混じってる。凄まじい量と種類。それを体に受けてて自我を保ててるってのも凄いけどまず混じり込んでる呪力の一つ一つが強力なものだ。よく一つに収ってる。見せれるなら見せてあげたいよ。いろんな色を混ぜてぐちゃぐちゃになったバケツみたいな感じだから」

「蠱毒の壺」

「え?」

「元々呪力というのは持っていないんですがそれを溜め込める体質だそうですよ。だから詰められるだけ詰め込んでみた、蠱毒の皮、壺の方だそうですよ。」

 いまいちよくわかってないので家の人に言われたままを言う。割れるまで詰め込んでみれば何か面白いものができるかもしれん。あわよくばそれが家に従属すればいいということらしい。

「普通に生きていくよりはこうして化け物とともに生きている方がらしい、だとか。髪を伸ばせばもっとらしいんだそうですけど」

 妖刀などなんだので切られることが多いのでその時に切れてしまうせいで髪が長かったことはほとんどないのだが家の人は伸ばさせたがる。どうにか伸ばさせようとされた時期もあるが邪魔になって勝手に切ってしまうので何度か折檻もあったがそれでも改めないので諦めた様だった。

「じゃあ術式はないわけ?」

「術式」

 それがなんなのか分からず繰り返すと信じられないものを見たようにまた体を固めさせるので段々申し訳なくなってきた。

「すみません、学がないもので。所詮は養子、呪術についてはほとんど何も知らないと思って貰えば。猿にでも接すると思ってください」

「それでよくここに入ったね」

「行けと言われたので」

 心底嫌そうな顔をするので表情豊かというか、面白い人だなと思ったがそうやって思うことを態度に出すことを許される立場の人間なんだといつか見た畳の奥で気だるそうに座る姿を思い出す。

「術式ってのは呪力を流した時にどんな力を使えるか、元々持っている術を使うめのスキルかな。それによって呪霊との戦い方も変わってくるから呪術師の大事な要素だよ」

「ないですね。そもそも呪力さえなかった人間なので。だから戦い方としては取り込んだ呪物たちの術式を出力するって感じです。その呪物との相性が悪ければ使えないし、俺自身のコンディションが悪ければ攻撃として体外に出せずに自爆したりします。逆に呪力自体はご覧の通りなので技がなくても力をぶつけるだけでなんとかなる場合もあります。ただ死に方によっては全部溢れちゃう可能性もあるらしいので簡単に死ねない扱いにくさもあるみたいです」

 いまいち理解しきっていないから自分のことなのに他人事のように喋ってしまう。それに喉の奥がジリっと焼けるような感覚がある。なんでもかんでも喋りすぎたのだろうか。ただ一応担当教員である訳だし、事前に何かを口止めされたわけではないがもうこれ以上のことは言わないほうがいいかもしれない。

「知らないことばかりなので一から教えていただければ」

 誤魔化すように曖昧に言って会話を切ると五条さんは追求してこなかったので安堵した。教室の場所と簡単な授業の流れを聞いて回るが副担任と同級生は仕事兼実習で今日中に帰ってくることが難しいと連絡があったようで寮まで案内してもらいそこで解散になる。

 自室に入ってゆっくりしようかとも思ったが1人の時間と自分の空間に慣れず結局外へ出て適当な花壇へと腰をかけて空を見る。雲が流れ時間は進んでいくのに頭の中は過去へと戻る。血と共に肉の欠片が飛び散り固まってこびりついた壁と苦悶の表情で目を見開き何かを睨みつける半分だけになった顔の母、顎の下から額まで内側から花開くように弾けた父。朝まであった日常が実際だったのか分からなくなるそういう映画の一コマの様だった。

もう少し

 もう少し早く帰って、嫌、学校なんて行かず休んで家にいればあの時家族と一緒に死ねていたのに。誰が、何故、などというよりも一緒に逝けば良かったと心底思う。あの時思わず縋ってしまった手が不正解だったとも思わないがもしかすると1人でもやっていけたのかもしれないと今になって思う。本当に今更ではあるが。

 大きく息を吸う。土と木の匂いがする気がする。こうしてゆっくり時間を感じるのはいつぶりだろうか。いつもは自分と世界の間に隔たりがある様に感じるが自分の体がちゃんと自分のものだと感じる。指先を動かすと細かい土がまとわりつく。鬱陶しいはずのそれが妙に心地いい。穏やかな時間を切り裂くように携帯電話が鳴る。いい知らせが入ったことのない着信に大きく息を吐いた。

「今日こそ!同級生ともう1人の教員を紹介するから」

 全国を飛び回っていると聞いた五条が朝から付き合ってくれるというのを断るわけにも行かず頷く。一応制服を着てきたはいいが本格的はまだなはずだし、顔合わせだけならなんでもよかったんだろうかと思っていたが五条も昨日と同じような服なので問題なしとした。

 運動場で基礎的な体術の確認と訓練も兼ねて集合予定ということで昨日案内してもらって道を辿るように歩く。体術、体の動かし方は一通り仕込まれたがいかんせん体力が術の放出と共に削られるので持続力がないのだがまさか今日一日ずっとというわけではないはず。不安が顔に出ていたのか「一応君にもやってもらうけどメインは恵の訓練だからそんなに緊張しなくていいよ」と言われる。制服でもいいそうなのでよかった。

「ちなみに恵っていうのが君の同級生!術師としては先輩になるけど気難しい子じゃないから安心していいよ。戦い方としては見てもらった方が早いと思うなぁ。あ、で、あそこで投げとばれてるほうね。で、投げ飛ばしてる髪が長い方が教員の夏油ね」

ふんふんと頷いているとひらけた場所で細身の短髪の子が繰り出した拳をいなされ地面に投げられているところだった。受け身をとって立ち上がるのを見ると確かに戦い慣れているようだ。

「おーい。連れてきたよー」

 長い手をブンブンと振り回す五条の少し後ろを歩く。一応話を通してあるのか短髪の子と目があい頭を下げてくれたので同じように下げる。

「四月からの入学予定、土御門家の遠い遠い親戚の山田家の太郎君だよ。本当は昨日合わせる予定だったんだけど傑がなかなか帰ってこないから今日になりましたー」

「しょうがないじゃ無いか、帰りにもう一件増えたんだから。むしろ終わらせて帰ってこれたことを褒めて欲しいくらいだよ」

 長い髪を束ねた体格のいい男とも目が合う。何か信じられないものでも見たかの様に目が見開かれるが何かしただろうか。身に覚えはないので失礼にならないよう先程より深く頭を下げる。

「太郎?」

 下の名前を呼ばれたのが久しぶりで驚いたがなぜわざわざ呼ばれたのか分からず首を傾げるように頷く。

「あ!やっぱ知り合い?昔見た時も誰かに似てるなぁと思ってたんだけど傑か。というか今日全然喋んないけど人見知りかな?」

 顔合わせだけなら喋らないで済むかなと思ったがそういうわけにはいかないらしい。風邪を引いて喉が痛いとか、人見知りだとか言いたいが結局口を開いてしまう。悩んだ末に口を開けて舌を出す。

「ちょっと聞き取りにくいかもしれないんで」

 そう言ったつもりではあるがやはり発音がはっきりしない。喋りにくさに顔を顰めるか目の前の3人が自分以上に顔を歪めているので追加で説明する

「昨日喋りすぎたそうで。今日一日は自分で抜けないそうです」

 昨日携帯に電話してきたのはやはり家の人で、呼び出された。五条さんと話している時覚えて喉の違和感は俺が余計なことを言った時にすぐわかるような術をかけていたらしい。その余計なことが何当たるかは教えてもらえなかったが、まぁとりあえずベラベラ喋りすぎたようで、口に手を突っ込まれて舌を掴まれると錆びの塊がついた古い釘を突き刺される。飲みきれない血にむせそうになるが一本では許してもらえないようで追加で何本か刺された。これも例に漏れず曰く付きな上に自分では丸一日抜けないようにされているらしい。自慢げに話して逆流する血に苦しむ俺を見て満足したのか学校に戻らされた。一応夜にどうにかこうにか力技で抜けないか試してみたが無駄だった。

「悪趣味な家にもらわれたねー」

 めちゃくちゃい嫌そうな顔で笑うもんだからつられて笑うと夏油と紹介された男がえずいて口元を覆う。そんなに見れない顔だっただろうか。「外しちゃうけどいい?」と言われたので頷いてまた舌を出す。ぶちぶちと癒着し始めた肉か、錆びにひっかっかった肉か裂ける音を出しながら抜かれた釘は地面に投げ捨てられた。4本も刺さっていたらしい。喋りにくいわけだと納得する。

「で、傑はなんでそんなんなってんの」

 俺から背を向け地面を見ながら夏油が搾り出す様に言う。

「太郎は、私の、弟だよ」

 一身に視線を浴びるがそんなはずはない。

「そんなはずは」

まずそもそも兄がいたなんて記憶はまっさらない。いくら両親が死ぬ前の記憶が曖昧でも他に肉親がいれば感覚だけでも残っているだろう。それに彼は呪術師と教員も両立できる優秀な人なんだろう。俺は呪いや曰くが付く忌物を取り込んでこそ漸く人の扱いをされる人間である。

「まともな呪術師でも人間にも劣る猿にこんな優秀な兄はいませんよ」

 血まみれの口を拭ってそういうと夏油は今度こそ胃の中身を吐き出した。

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