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「ありがとうございました」
何とか礼を言えば、伊作は今度はクスッと声に出して笑い、それから感心しているような口調で言葉を押し出した。
「それにしても、手裏剣の刃をなぞって手を切るなんて、新実さんもおもしろいことをするんだね?」
さもおかしいというように伊作は笑うが、それよりも桜は、自分の名を呼ばれたことに目を丸くする。
一年は組のみんなも、自己紹介する前に桜のことを知っていたけれど、まさか伊作のような六年生にも知られているとは思わなかった。
「……些細な情報も、把握しておかなくちゃね」
忍者としては、と言われ、確かに情報は忍者にとっては大切なものだと、桜も納得する。
「ぼくは、六年は組の善法寺伊作だよ。保健委員長も務めてるから、大体はここにいるよ」
そう言うということは、何かあったらおいで、ということだったりするのだろうかと、桜はつい厚かましいことを考えてしまったが、それは医務室に来る用事があったら、ということかもしれないと思い直し、はい、と素直に返事をしておいた。



手が疼く、なんてことはなかったけれど、部屋に戻って来た桜は、なかなか床に入ることができずにいた。
風呂には入ったし、寝衣である着物には着替えてあるし、布団も敷いて寝る準備は万端なのに、寝る気になれない。
こちらでの就寝時間が早いのが理由というわけでもなく、ただ眠くならなかった。
初日は疲れていたからか、何も考えずに寝付いてしまっていたが、今日だってそれは変わらない筈だと思うのに、眠気が上がって来なかった。
これはつまり、昼間いろんな人に会いすぎて、まだ自分が興奮しているからだろうか。
そう桜は無理やり理由付けてみるが、自分自身が一番、納得できなかった。

こんな夜だから、例えば、先に外から声を掛けられていたり、引き戸の開く音が大きかったとしても、かなりびっくりしたかもしれない。
なのに、何の気配もなく引き戸が開き、そこから音もなく人が入ってくれば、驚きはその比ではないだろう。
桜は声にならない声を上げると、身体をびくつかせ、枕元に置いてあった小刀をつかんで身構えたけれど、次の動きを封じるように、いつの間にか背後にまわっていたその人物に、羽交い締めにされていた。
「……私だよ」
耳元でくぐもったような声が聞こえ、しかし、その声と口調には覚えがあったので、桜の身体から力が抜ける。
それと同時に、後ろの人物がパッと手を離してくれたので、桜はようやく動くことができた。



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