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「まあ、そういうのも全部含めて、きっちり学んで来るんだよ」
宥めるように頭を撫でられ、子供扱いされたような気分だったが、雑渡からすれば桜なんて、端から子供だろう。
今夜に限って、なぜこんなにやさしくしてくれるのかはわからなかったが、頭を撫でる手が気持ちいいことだけは確かだった。

いつ雑渡が帰ったのかはわからない。
来るときと同じように、気配を消し、音もなく引き戸を開けて出て行ったのなら、桜はきっと気づけなかっただろうし、そんな余裕も残ってはいなかった。
頭を撫でられ、安心しているうちに眠気がやって来て、気がついたらすっかり眠っていたようで、目覚めるともう朝だったのだ。
相変わらず、雑渡が何を考えているのかはわからなかったが、今回、初めてあんなにやさしくされ、心が踊ったことは隠しようもない事実で、桜はそわそわと落ち着かない。
『怪我には気をつけなさい』
そう言って、包帯が巻いてある手に触れられた気もしたが、まどろんでる最中だったから、曖昧にしか覚えていない。
それでも、その感触だけは妙にはっきり、覚えていた。



朝早く起きるなんて、部活もまともにやっていない桜には、あんまりない経験だ。
ただ、夜寝るのが早いので、起きるのが早くても苦にはならなかった。
早々に身支度を整えて食堂に行けば、鉢屋と不破の二人に会った。
「おはようございます、鉢屋先輩、不破先輩」
三年生なので、結局そう呼ぶことにしていたのだが、二人はやはり何だか居心地が悪そうな顔をしていた。

「あれ……。その手、どうしたの?」
二人と同席しても構わないか聞けば、快く了承してもらえたので、膳を置いて座り込んでいると、桜の指に巻かれた包帯に気づいて、不破が聞いてくる。
「もう怪我したんだ?」
鉢屋のほうは心配というより、呆れに近い口調でそう言った。
「これは、手裏剣の刃をなぞって切ってしまったんです」
興味があるものは、触って確かめないと気が済まないと桜が言えば、鉢屋はあからさまに呆れたような顔をしたし、不破のほうも苦笑を隠しもしなかった。
「お前ねえ……」
と、鉢屋が呆れながらも何か言いかけたので、すぐに察して桜も口を開く。
「手裏剣の刃の部分には毒が塗ってある場合もあるから、むやみに触ってはいけないんですよね?」
ましてや、忍者が自分の手裏剣で怪我をしてどうするのかとも言いたいのかもしれない。
それを聞くと、鉢屋は知ってるじゃないか、とため息を吐く。



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