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「桜。こちら、六年は組の食満留三郎先輩だ」
委員会の勧誘のときに、委員長には顔を合わせているのだが、自己紹介までされたわけじゃないので、富松が紹介してくれる。
桜があいさつをすれば、食満は人懐こそうな笑顔を浮かべた。
「あれから手裏剣には慣れたか?」
そう聞かれるが、なぜ食満が手裏剣のことを知っているのかと桜が首を傾げていれば、察した彼がハハハッ、と豪快に笑い飛ばす。
「悪い悪い。伊作から、手裏剣で怪我した話を聞いてたもんでな、そんなに鈍くさくて大丈夫かと思ってたんだ」
悪いと謝っているくせに、さらに失礼なことを言ったりするものの、食満の物言いがあっさりしているから清々しくしか思えないのと、頭をぽん、ぽん、とあやすように叩く手がやさしかったので、桜としては怒る気にもなれない。
「富松くん。何、この失礼なのにカッコイイ人」
恥ずかしさに顔を赤らめて、隣にいた富松に聞けば、何だそりゃ、と呆れたように返されてしまう。
でも、両方とも正直な感想なので、言い直せない。
「今度こそ、ほら、手寄越せ」
桜が何と表せばよいかと迷っているのなんて、どうでもいいとばかりに富松はそう言って今度はしっかりと手を握ってくれたので、桜は食満に声をかけ、ようやく落ち着いて教室まで戻ることができた。



雑渡に手紙を書いた。
近況報告を、と思ったのだが、どうやらもう夏休みが近いというので、その話も盛り込んで、少し長めになってしまったが、うきうきしながら出してみた。
桜がタソガレドキの人間だというのはおおっぴらにできないので、ある村に住む人物宛てに出すようにと、前々から言われていたので、ちゃんとそのようにした。
そこからどういうルートをたどるのかは知らないが、とにかくその村はタソガレドキ領ではないし、その人物もタソガレドキに関わる人ではないとだけ、聞いていた。

門の前を通りかかったら、小松田が荷物を山盛りに持って困っていたので、何か手伝うことはないかと聞いてみれば、庭掃除を頼まれた。
その山盛りの荷物には竹ほうきもあったようで、それを受け取ると、桜は門の前の掃除を始める。
秋ではないから落ち葉もなくて掃きやすいが、この辺は広いので常から掃除は大変だと、やってみて初めてわかった。
ちりとりは門の傍に立て掛けてあるようだが、外の掃除の場合は、掃いたものはどうするのだろうかと、手だけは動かしながら桜は考えていた。



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