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余程、草地から先の道は険しいのか、歩きづらいのだと思われた。
到着すると、まず雑渡の部屋へ促され、桜は真っ先にあいさつしたいと思っていたので、すぐに訪れる。
「おかえり、桜」
学園の長屋で見たときと同じ、やさしい目をしていたこともうれしかったが、先ほどの高坂と同じ言葉も口にされ、桜の胸はいっぱいになる。
「……どうかした?」
桜が何の反応もしないからか、続けて雑渡が聞くので、考え考え口を開く。
「あたし、ただいまって言ってもいいんですか? ここを、帰る場所だと思ってしまっても構わないんでしょうか」
学園にいるときは、自分はタソガレドキの人間だからと思ってはいたが、ここが自分の家ではないと知っているし、雑渡を前にしたら豪語なんてできない。
だから、急に不安になって聞いてみたくなった。

「忍術学園に通わせてるのは私でしょ。私のところに帰って来るのが当然だよ」
そう言われてしまったら返す言葉もないが、自分の居場所ができたみたいで桜はうれしくなる。
「た、ただいま、雑渡さん……」
気恥ずかしくなりながら桜が口にすれば、雑渡はさっきと同じ言葉をもう一度言ってくれた。
「おかえり、桜。今日は疲れてるだろうし、すぐに休むといいよ」
部屋はあのときのまま、掃除だけしておいたのだと言われて、それも本当にうれしかった。

桜はぺこん、と頭を下げて退出しようとしたけれど、もう一つ聞いてみたかったことがあったので足を止める。
「あの、雑渡さん。もう一つだけ質問しても構いませんか?」
帰って来たばかりで、質問攻めなのは申し訳なかったから聞いてみれば、雑渡が構わないと言ってくれたので、桜は口にする。
「……忍術学園に入る前より、雑渡さんがやさしくなった気がするんですが、あたしの気のせいでしょうか……?」
もちろん、学園に入る前から雑渡はやさしかったけれど、あのときは若干の冷たさもあったので、格段に違う。
だけど、ちゃんと雑渡がいつもやさしいのは知っていたから、そう言うのも忘れなかった。
「不審人物を警戒するのなんて当然だよ。記憶が混乱してる、なんて信じられると思う?」
雑渡の表情がすうっと無くなった気がして、桜は条件反射で息を呑んだ。

疑われている懸念はあったが、深く考えなかったことをいまさら後悔しても遅いとは思う。
けれど、それはどうやら杞憂のようだった。
「桜は自分に都合のいいことばかり、はっきり覚えてると感じてたからね。だから、私たちの目が行き届かない場所へ行かせれば、ボロが出ると考えたんだよ」



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