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返事の代わりに桜が視線を上げれば、雑渡もこちらを見ていたから、必然的に目が合う。
「この扇子、壊れかけてる」
傍らに置いたままだった扇子を持ち上げて雑渡に言われ、桜はようやくそれに気づいて慌てる。
雑渡の手から受け取って、慎重に開いてみれば、確かに骨に沿って紙が破れて来ていた。
「……直りますかね?」
この時代の技術がどれほどかわからなくてそう聞けば、雑渡はさあ、と首をひねった。
「扇子屋に頼んでみるしかないね」
それでも直らなかったら、新しいのを買っていいと言われたけれど、桜はこの扇子が気に入っていたので、簡単にはうなずけなかった。



町の扇子屋に寄って行くから、少し余裕を持って登校することにした。
今回も途中まで送ってくれたのは尊奈門で、町までの地図をもらったし、扇子屋もどこにあるか聞いたので、迷わずにたどり着くことができた。
扇子屋の名前は聞いていたが、店の看板を見て、桜は改めて表情を緩める。
小松田屋に来れる日が来るとは思わなかったから、少しだけわくわくした。

案の定、小松田はびっくりしていたし、彼の兄である優作さんにはあいさつされ、その上、茶までごちそうになるという歓待ぶりだった。
しかし、桜の持ち込んだ扇子は修理に時間がかかるようで、その説明を聞かされた桜は困ってしまう。
日が暮れてしまったら、どうしていいかわからないからだ。
せめて応急処置だけでもいいからと食い下がるが、どうやら桜の扇子は良質な紙を使ってあるらしく、応急処置だけでも時間がかかると言われてしまったため、結局ちゃんと直すことにしてもらったのだ。
だけど、本当に自分は今日、小松田屋にでも泊めてもらわないと、暗くなったらもうどこへも行けないだろうとわかっていた。

泊めてもらえるか聞いたところ、今日は無理そうだとあっさり言われたが、小松田に土井先生の家の場所を教えてもらったので、行ってみることにした。
休みの度に、何か事件に巻き込まれているから、もしかしたら土井先生はいないかもしれなかったが、それならそれで勝手に入らせてもらって、隅っこでもいいから中で寝かせてもらおうと考えていた。
しかし、訪ねて行けば土井先生はちゃんといて、バイトは終わっていたのか、きり丸が出迎えてくれ、びっくりされてしまった。
「さ、桜先輩?! どうしたんですか!」
「えーと……とりあえず、土井先生にも説明したいんだけど……」



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