04



「……あの、もう少し傍に、来ていただけませんか……?」
傍に来てもらえれば、もっとちゃんと見えるかと思ったので、とっさにそう言ってしまったけれど、厚かましかったかもしれない。
それに、取りようによっては大胆な言葉にも聞こえたんじゃないかと、言ってから後悔した。
けれど、その人はスッと動いて距離を縮めると、抑揚のない声で、
「これでいいかい」
と、そう確認してくれた。

ああ、そうだ……。
どこかで見たことがあるなんて、そんなの当然なのだ。
忍者のような装束を身にまとい、右目以外には包帯をぐるぐる巻いている、こんな格好をしている人なんて一人しか知らない。
雑渡昆奈門、その人だ。
ただ、彼はマンガの中の登場人物であり、実際には存在していない。
いくら桜が彼の大ファンで、彼が存在していてくれたら、と強く願ったとしても、存在しているわけがないのくらいは、冷静に考えなくてもわかる。
だから、あんな朦朧としているときには考えつかなかったのだろうし、いまだってただ似た人か、雑渡昆奈門マニアだったりしないだろうかと、それくらいしか考えられなかった。

「あの、質問してもいいですか?」
聞いてみなくちゃ始まらないことはたくさんあったので、桜はそう切り出したが、あっさり駄目だと返される。
「でも、こっちの質問に全部答えられたら、少しくらいは質問する権利をやってもいいよ」
およそ駆け引きなんて対等なものじゃない言葉に、桜は言葉を失う。
なぜ、そんなにも尊大な態度なのかと憤慨する気持ちもあったが、助けてもらってる手前、文句は言いづらい。
加えて、この人しかいないこの場では、この人に質問ができないとなると、桜の疑問は一つも解けないことになりそうなのだ。
何といっても、他に聞く人がいない。
背に腹は変えられないとなったら、一方的に出された、そのちっとも平等じゃない交換条件を飲むしかなさそうだった。

腹が決まったのがわかったのか、桜が返事をするより早く、彼の口からは第一弾の質問がもう放たれる。
「じゃあ、まず名前ね」
初歩的な質問にホッとしつつ、桜は少し気楽な気持ちで自分の名を口にする。
「新実桜です」
「出身はどこ?」
「……わからないです」
あらゆる可能性を考えて、本当のことはあまり言わないほうがいいかと判断した。
だから誤魔化して別の地名を言おうかと思ったが、それでは突っ込まれたらボロが出るし、それは恐かったので不明にしたのだが、不意に彼の目が鋭い光を放った気がした。



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