05



出身地がわからないだなんて、馬鹿な話があるわけがなかったから、その反応もわかるので、とりあえず頭を打ったか、怪我のせいで記憶が曖昧な振りをしたらいいんじゃないかと、桜はふと思いついた。

「どこに行く途中だった?」
突っ込むのは一時的にやめたのか、面倒になったのか、信じてもらえたのか。
理由はわからないけど、その人がさらに聞くから、桜もすぐに切り換える。
「わかりません」
「何をする予定があったの」
「わかりません」
もうこの際、答えづらいものはそれで通すことにした。
目の前のこの人が雑渡昆奈門マニアか、コスプレーヤーでない場合のことを考えたら、それがいいような気がした。
もしそうなら、桜が本当のことを答えても、疑われるのがわかっているのだし、知らない振りをしても同じことだった。

桜の答えが一向に変わらないからか、質問が少し変化してくる。
「……きみがいた場所、どこの城の領地だったか知ってる?」
そう聞かれ、桜は面食らった。
内容とかではなく、質問自体がおかしい。
どこの城の領地……?
土地を所有しているのは個人以外なら、市町村や県や国だったりする筈で、城が所有しているなんて、聞いたことがない。
それとも自分が知らないだけだろうかと、桜は首を傾げる。
「仰ってる意味がわかりません」
どういうことかと見上げれば、その人の視線が強くなった気がした。
いままでだって、桜の言葉が本当かどうかを見極めるみたいに、ジッとこちらを見ていたが、穴が開くほどに、その人はまじまじとこちらを見るのだ。
耐え切れなくなったら負ける気がして、あごに力を入れていれば、ふいっと視線をそらされた。

考え込む、なんて初めて見たその人の仕草であり、もしかしてなかなか本当のことを言わない自分に、どうやって口を割らせるかと策を練っているのだろうかと、桜は次の言葉をじっと待つ。
しかし、その口から出たのは思いがけない言葉だった。
「雑渡昆奈門だ」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
それが疑った名前だったからではなく、人の名前だとは思えなかったのだ。
まさかここで、自分の名を口にされるわけがないと思っていたから、頭が追い付かなかったらしい。
「あとは、この者が相手をする」
やっと桜の頭が追い付いて、やはりこの人は雑渡昆奈門本人なのかと感心しているうちに、その姿が気配ごとスッと消え、代わりに闇の中から別の男が一人現れたのでびっくりする。



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