46



そんなわけで、慌ててみんなで女装することになったのだが、桜は自分の化粧を始め、一年生の二人の化粧も担当することになった。

「化粧は、鉢屋先輩の得意分野ではなかったでしたっけ?」
すでに自分と伊助の化粧は終え、いまは庄左ヱ門に化粧を施している最中だった。
こちらでの化粧の仕方は、夏休み中に教わって練習し、人並みにはできるようになっているが、こういうのは鉢屋のほうが得意のような気がした。
「庄左ヱ門が、桜のほうがいいと言うもんで」
そう言う鉢屋がふてくされているようにも見えたが、気のせいだったかもしれない。
とにかく時間もなかったので、桜は鉢屋の表情を確かめることはせず、仕上げにかかる。
「庄左ヱ門、少し口開いてくれる? ……うん、そんな感じ」
紅を塗るのに真剣になっていれば、すでに支度を終えて暇だったのか、鉢屋だけではなく、久々知たち三人までが桜と庄左ヱ門をジッと見ていたので、それに気づいたとき、桜は物凄く居心地の悪さを覚えた。

募集人数は四人だったが、伊助と庄左ヱ門がまだ幼すぎたこともあるのか、それとも採用者が大ざっぱだったのか、桜たちは誰一人欠けることもなく、採用してもらった。
しかし、桜はこちらの世界での下働きが何をするものかというのを知っていても、言葉やものの名前に慣れていなかったので、指示されたことを何とかこなすことで手一杯だった。
せめて料理なら何とか役立てるかもと思い、桜は自ら手伝いを申し出たのだが、つい夢中になって作っていたせいで、途中ですっかり当初の目的を忘れてしまっていた。

「……桜。私たちは飯炊きに来たわけじゃないんだが、わかってるのか?」
手の空いた者から遅い夕食を取るようになってはいたが、桜たちは新入りなので、今日のところは六人全員で先に食べてしまえと言われたため、この期に情報交換をすることになった。
あまりにも桜が料理に夢中だったので、呆れたように鉢屋が言うが、彼はちゃんと軍扇が保管されている場所を探り当てて来ているため、返す言葉もない。
「……すみません。以降、気をつけます」
下働きとして役立つために来たわけではなかったから、桜はそう頭を下げたが、久々知の意見はまた違うようだった。

「夜が更けるまでやることないし、まあ、いいんじゃないか? ……それより、桜。この餡平豆腐、今度また作ってくれ」
うまい、と言われ、いま鉢屋に怒られたのもそっちのけで、桜は喜んでしまった。



[*前へ] [次へ#]

46/120ページ


ALICE+