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「そういえば……! 確か、この辺りを担当している見まわりと、鐘つきの人の仲がいまよくないらしくて、この櫓のまわりは手薄になるんだって言ってました」
だから夜遊びに行かないかと言われたことを桜が口にすれば、そこからなら抜け出せそうだとわかったので、すぐに粗方、逃走経路の話はまとまった。

亥の刻が間近になると、鉢屋たちは女装を解き、忍服で準備を進めていた。
鉢屋と久々知は軍扇を奪いに、池田は見まわりが手薄になる場所の確認に、そして庄左ヱ門と伊助は桜から離れた場所で、雑渡との話の成り行きを見守りつつ、連絡係になるようだった。
ちょうど見まわりが手薄になっている場所も近く、その場所を確認に行く池田のことも目視できるので、そのために彼らはそこに陣取ることになったらしい。
いずれにせよ、だいぶ離れているとはいえ、桜は少し心配だった。

「ああ、来たね」
指定の場所に着いても姿が見えなかったので、自分が先に来たのかと思っていれば、木の陰から気配もなくスッと雑渡が出て来た。
「見張り付きとは、ずいぶんだねえ」
早々に、遠くの庄左ヱ門たちに気づいて雑渡は言うが、軽い笑いからすると、全く気にしていないようだ。
「まさかお前が、ウチに潜入して来るとは思わなかったよ」
ほんの少し顔をいじってはあるが、桜はほぼ素顔に近いので仕方がない。
変装したかったのだが、その理由を鉢屋に訝しまれるわけにはいかなかった。

「お気に障りました?」
知らせたら忍び込む意味がなかったので黙っていたのだが、雑渡にとってはこれは許容範囲になり得るのだろうか。
「授業の一環なら、どこにだって忍び込めなくちゃならないでしょ」
気にしてないよ、と言われ、それもそうかと、桜はようやくホッとした。

「何が目的かはあえて聞かないでおくけど、逃げ出す算段はついてるの?」
ふ、と小さく笑って雑渡が言うけれど、それはもう、彼にはわかってしまっているのではないだろうか。
「雑渡さんが逃がしてくれようとしてるんでしょう?」
でなければ、ここに呼び出した意味があるのだろうかと聞けば、雑渡は可笑しそうに笑った。
「私はそんなにやさしい人間ではないよ」
と、言うが、すでに軍扇を奪う隙を与えてくれている気がする。
「確かに見逃してあげることもあるかもしれないが、部下に手を抜けと指示することだけはない」
それはいまこのときもだと言うから、当然ながら鉢屋と久々知は苦戦しているかもしれない。



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