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けれど、それはある程度わかっていたことだし、もちろん桜だって本当は、雑渡がそんなに甘い人間ではないとわかっていた。

それから少し話すと、雑渡が何やら面倒そうな口調で言葉を吐き出した。
「もうちょっと話してたいとこだけど、あんまり遅いと陣左や尊奈門辺りが探しに来そうだから戻るよ」
彼らがいかに雑渡に忠実かは知っているし、会いたくないでしょ、と言われたら、桜はその通りだとうなずくしかない。
会って話をしたいのは山々だが、雑渡は手を抜かないように部下に言うと言っていたから、当然ながら彼らも手は抜かないだろうし、でもその場合、桜が非常にやりにくいのは確かだった。
「お前からの文、楽しみにしてるよ」
本音かどうかわからなかったが、そう言われたのはうれしくて、桜がうなずけば、雑渡はそれに応えるように髪に触れると、音もなくスッと飛び上がり、あっという間にどこかへ行ってしまった。

わざと、庄左ヱ門や伊助から見える側の髪を触って行った辺り、余程うずうずしていたのかもしれない。
雑渡はあれでいて、たまに人をからかうのが好きだからだ。
それに見事に引っ掛かって、伊助がこちらに駆けて来る。
「桜先輩! 大丈夫ですか?!」
何を心配しての大丈夫かはわからなかったが、桜が平気だとうなずけば、ホッとされてしまった。
この場合の呼び出しは、雑渡が桜を気に入って口説くためのものだと勘違いされるはずだと、当人が飄々と言っていたのを思い出す。
だからわざわざ料理を作った桜を指定で、先に呼び付けたのだと彼は笑っていたが、そう考えると鉢屋たちが心配していた理由も納得できた。



大人数で塀の傍で待つのは目立つから、人目に付かない場所で鉢屋と久々知を待ちながら、桜は忍服に着替えておく。
すぐに二人がやって来たので、塀の傍に隠れていた池田と合流し、桜たちは何とか脱出することができた。
今夜は月も暗いから、久々知が飛び降りる間際まで見つかることはなかったようだった。
だが、人が近づいて来るのが見えていたみたいだし、ぎりぎりセーフといったところだろうか。
とにかく、タソガレドキ城からだいぶ離れた場所まで油断なく辺りを窺いながら走り、林の中で少し、休憩を取ることにした。

「ほら、桜。冷たいぞ」
奥まで行って小川で水を汲んで来てくれたようで、久々知に竹筒をもらい、桜はそれで喉を潤した。
全力疾走はけっこうきつい。
同じように息を切らせている伊助たちに水をまわしていれば、不意に鉢屋がこちらを見た。



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