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「そんなにガッカリしなくても、代わりにぼくが診てあげるから大丈夫。新野先生にも、きみが来たらどういう治療をするか聞いてるから」
昨夜も新野先生の手伝いをしていたから大体わかってるし、と伊作が安心させるように言ってくれたが、そんなことがなくても、桜は伊作のことは心から信頼していた。
「伊作先輩。ぼくも手伝います」
元より、そのつもりで来たらしく、三反田が準備を始めた伊作のほうへ行けば、それに伊作が笑顔を浮かべるのが見えた。
「ありがとう、助かるよ」
じゃあこれとこれとこれを……と、あとは桜にはわからない会話をしているのが、さすがとしか思えなかった。

保健委員の名は伊達じゃないから、三反田もテキパキしていて、新野先生がいなくても伊作と二人なら、負けず劣らずじゃないかと思えたほどだった。
包帯まで替えてもらい、伊作からの言葉もあったせいなのか、三反田が部屋まで送ってくれることになった。
ただ、医務室を出て少し歩いたら疲れが出てしまって、桜の足はそこでぴたりと止まった。

「ごめんね、三反田くん。ほんの少し、休ませてくれる……?」
忍たま長屋の榑縁にトン、と腰を下ろせば、三反田がいやここは……と、困ったような顔をした。
「もう少し行けば、ぼくたち三年生の長屋になるから、そっちまで頑張れない?」
そこでなら、ゆっくり休んでもいいと三反田は言うが、桜は一度腰を下ろしてしまったせいか、またすぐに立ち上がるのが酷く億劫だった。
「ほんの少しでいいの。忙しいなら、送らなくてもいいから休ませて……」
見上げれば、やはり三反田は眉尻を下げて苦笑していて、そんな顔ばかり見ている気がして、桜はもう一度ごめんね、と謝った。

「そういうことじゃなくて……」
言いかけた三反田の声にかぶせるようにして、唐突に横から別の声が響いて来た。
「あれ、桜先輩……ですよね?」
三反田とはまた別の、おっとりした物言いに振り返れば、時友が榑縁をトタトタ歩いてくるところだった。
「どうかされたんですか?」
その時友の問いに答えようとすれば、今度は反対からも足音と共に声をかけられた。

「桜先輩? 誰かに用事ですか?」
それなら呼んで来ますよ、とばかりに近寄って来たのは川西で、桜はもしやと思いつつ、物問いたげに三反田を見上げてしまい、目が合うと彼はこくん、と一つうなずいた。
「ここ、二年生の長屋なんだ」
やはりどうりで時友や川西が現れるわけだ、と納得しながら、桜は二人を振り返って頭を下げた。



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